月は赤いが・・・・、二百十日2012年8月31日 (金)
ブルームーン、二百十日。

ひと月のうちに満月が2回あるとき、一回目の満月をファーストムーン、二回目の満月をブルームーンと呼びます。月が青くなるという意味ではなく、めったに起こらないまれな現象という意味で使われています。ブルームーンは3年から5年に一回くらい起こります。次のブルームーンは2015年7月だそうです。その珍しさから、ブルームーンを見ると願い事が叶うとか、幸せになれるというようなお話もあります。月の美しさに、みな心動かされるのでしょうね。
今日は雑節といわれる二百十日、立春から数えて210日目のことをいいます。この時期は稲の開花期にあたり、台風の襲来に警戒すべき日とされています。
ニュースで津波到達時刻と津波の高さ50cm、との情報が流れています。フィリピン沖でM7.6の地震が起きたそうです。満月、新月には地表も引っ張られるせいか、地震が多いと思います。フィリピンでの大災害の情報は入っていませんが、たびたび起こる地震、そろそろ本格的な規模でやってくるのではないかと気にかかっています。 (よ)

はからメモ、制作風景2012年8月27〜30
引っ越し、お片づけヒーリング。

横浜へ戻り、PC環境が整っている間に、カレンダーのデザインをすすめます。
遊びに行きたい、飲みに行きたい、お買い物したい…などの欲望がメラメラと湧いてきます。できない、してはいけない、しにくい環境、という条件がその欲望をかりたてているのだと思います。気分転換をかねて唯一行くところが本屋さん。大型書店は広くてきれいで本もピカピカしていてとても刺激的です。購入に至る本には出会いませんでしたが、立ち読みから受けるプチ刺激はいいものです。描けない、湧かない、思いつかないときなどには、フラッと本屋さんで気分転換をするのが、わたしのアイディアの助走になっています。
30日、知人の経営する事務所の引っ越しを手伝いました。ここ10数年間、アプロディの事務所の引っ越しはほぼ毎回わたしたちがお手伝いしています。今回は住宅兼事務所の引っ越し、ちょっと大掛かり。そんな訳もあり、この日を引っ越しのために1日あけると決めて、朝8時に中野へ向かって出発しました。ハイエース5往復+2往復、横浜に帰ってきたの時には日付が変わっていました。+2往復の場所は、同じ代表者の日本リファッション協会が借りている事務所でした。「あれ、ここもしかして。」「ここってノアズカフェだったところじゃ…。」「じゃ、ミホさん知ってる?」「え?知り合いなの?」世間は狭い、とはよくいいますが、アプロディの代表者は女性起業家としての活動も長く続けていて、わたしたちが石巻で一緒に活動していたナカコさんともセミナーを通じてお知り合いになっておりました。ノアズカフェのミホさんも石巻で活動していて、その狭い世間には何かつながりがあるような気がします。
さて、ときどきわたしが行っているお片づけヒーリング、その場所を片付けることで人を癒すお片づけ術があるのですが、今回引っ越しというお題目をいただいて、あらためてお片づけヒーリングの大切さを実感しました。本屋さんへ行って本を気軽に購入しない理由のひとつは、わたしの本棚がいっぱいということでもあります。反省して10冊ほど、旅に出しました。ついでに書類のお片付けもしました。大事にとってある割には、まったくといっていいほど活用していない過去の書類たち。裏紙として活用するか、紙資源としてリサイクルに出すかの二択です。気合いを入れれば旅立ち本はもっとあるはずなのですが、カレンダー作業の気分転換としてのお片づけヒーリングなので、今回はここまでにして、開いたスペースでカレンダーデザインにとりかかります。 (よ)

つっくんチカ、地鎮祭2012年8月18〜26日
地鎮祭、五右衛門風呂設置へ

この時期はカレンダー制作と、はからめランド計画が同時進行、どちらも大事である。
17日夜、はからめランドへ向う。カレンダーを作る段階ではインターネットが通じている方がやりやすいので、あえてはからめランドのテント内では作業をしない。しかし、大まかな方向が決れば、デザインの調整など、オフラインでもできる事が出てくるので、雨の日や、夜など、はからめランドのテントの中で作業をしている。
18日は、ずっと途中になっていたユンボの修理を仕上げる。前回も手をお借りした、近所の御二方に力を借りて、取り寄せた新しいパーツを取り付ける。穴から漏れてしまった作動油という油も補充、他色々補充してメンテナンスはバッチリ、やっと元通りの動きになって一安心。今回学んだ事は、ユンボの作業をするときはまず足場を固めてから確実な操作をする事。今回のユンボが壊れた原因は、アーム旋回時に折れて尖った杉の枝が、すんごくいい具合にユンボの内蔵に入り込み油圧オイルを通すパイプを貫通したことであると推測している。劣化や使いすぎではない事がわかった。1つ治し1つ学ぶ、自分で治せるようになる日まで学び続けるのが僕の仕事。 
線香花火、五右衛門風呂19日、石巻で一緒に活動していたつっくんとチカがやってきた。その日から2泊3日一緒にいろんな作業を手伝ってくれた。目的を探しながらのたびを続けていた2人にほんの少しのアイデアをプレゼントする事ができたかな・・・・と、彼らが帰った後よく考えた。
24日、はからめランド、母屋建設予定地にて地鎮祭を行った。氏神様にここに家を建てる事になりましたと報告をする儀式の地鎮祭。神様に降りて来て頂き、報告、土地のお払い、そしてお供え物を奉納した後、天にお帰りになるまで、企画、進行は全てはからめの2人で行った。ここの場所を生きている間お借りしますという素直な気持ちを神様に届け、無事に地鎮祭を行うことが出来た。
夜、最近僕たちの中ではやっているポーチで夕涼み。ちょっとお酒を楽しみながら、いつか火をつけようと思ってしまっていた線香花火に火をつけるときがやってきた。7,8本火をつけて分かった事は、ホームセンターで購入した中国製はダメだって事。線香花火の起承転結が無い。日本の色を、安いからといって中国人に作らせているこの世界がどうなんだろ、日本の線香花火は日本で作ってほしい。本物の線香花火がほしい。
26日、しばらく手を付けられずにいた五右衛門風呂を設置する事に精を出した。大きな石をああでもないこうでもないとユンボでひっくり返したり、ずらしたりしながら、試行錯誤。今年の冬もまだテントでの生活になりそうなのでテント周りの生活スペースを過ごしやすくする為の作業に力を使ってしまう。地鎮祭をやったのでスタートといきたいところではあるのだが。  (匠)

打ち合わせ、カレンダー制作2012年8月8〜17日
カレンダー制作@横浜

8月8日、はっぱの日、もしくはフジテレビの日(?)魂が急いでいるとの連絡で、タロットリーディングを行いました。タロットのように偶然性で占うものは、いつどこでどの場所で、といったそのときにリーディングを行う環境が影響を及ぼします。そのときに一緒にいる人やその状況までも。今回はそんなタイミングでのリーディングでした。三軒茶屋Ohanaでのリーディングのあと、久しぶりに友人宅で夜通し話しました。いつのどの時代も、恋愛や仕事や家庭や生活を通して、自分の人生とは、というテーマに話題はつきません。同じ時代に一緒に生きれて幸せです。
11日、横浜で2013年のはからめ月の手帳カバーの打ち合わせをしました。東北ツアーで再びご縁がつながったことがきっかけで、「コラボレーションしよう!」という楽しい試みが実現しそうです。じっくりと、手帳カバー、そして小物のデザインについて、話し合う時間を持ちました。
世間一般ではお盆シーズンですね。かつて旧暦7月15日頃に行っていたお盆行事は、関東地方では新暦の7月15日前後に行うところが多いのですが、地方では慣習により8月15日前後としているところが多いです。壊れてしまったユンボのパーツの取り寄せをお願いしていた業者さんが、8月17日までお盆休みに入っているとのことでした。ユンボがなければ効率よく作業ができないので、急遽横浜滞在を数日延ばすことにして、この時間にカレンダー制作にとりかかります。タイミングよく都内でヨガの特別クラスがこの5日間開講になるとのことで、参加させていただきました。早起きをして、清々しい気持ちで電車通勤でヨガクラスに通い、帰ってきてカレンダー制作、という都会の5日間。毎日継続だとルーティンワークとして組み込んでしまいがちですが、たまにだと新鮮で心地のよいものです。何事もバランスが大切だと実感します。この気持ちよさを込めて、2013年の月のカレンダーが心地のよいものになりますように。 (よ)

夕方、やまゆり2012年8月6〜9日
ヒロシマ、ナガサキ、立秋

1945年8月6日、広島に、8月9日長崎に、人類史上初めて人類に対して原子爆弾が使用されました。毎年広島と長崎では平和を願う式典が行われます。
あれから67年が経った今日、自らの国の原発災害により、この国の放射能による被害は解決の糸口のない深刻な問題となっています。昨年の3月11日から福島は大きな重荷を背負いました。そして1年以上が経過し、もはや福島だけの問題ではないところまできています。戦争を知らない世代の私たちも、核の怖さを身を以て実感しています。わたしたちの生き方は大きく変わりました。原子力に頼らないエネルギーを選択していくこと、経済成長のあり方を見直すこと、限りある資源を使い切らないために、今できることをよく考えて選択していくこと。マヤ暦の終わり2012年は人類にとって、終わりを意識する年になったかもしれません。ひとつの終わりはひとつの始まりでもあります。意味のない偶然は起こらないかも、だとすれば、この災害から得たものを自覚して行動をしていくことで今ここに生きている意味が解き明かされるかもしれません。
福島のはからめランドは標高も少し高いので涼しい夏でしたが、関東の夏は暑い日が続いていたようです。立秋を迎え、これから少しずつ秋の気配が感じられるようになります。 (よ)
春は花夏ほととぎす秋は月冬雪冴えて涼しかりけり(道元禅師)。

ユンボの内蔵、力強いお2人2012年8月3〜5日
自分で直す力

先週、ユンボが壊れた。壊れたのは、暑い日に結構負荷がかかった作業を続けてしまったなぁと思った日だった。その後、石巻で重機に乗っている方々に色々話を聞くと、油圧のホースがどこかで切れたか外れているのが原因だというところまで分かった。そしていま、再びはからめランド。
こりゃ業者の人に来てもらわないとダメかなぁ、という思いから今回、もう一回自分でできるところまでやってみようと、何だか分からない油にまみれながら色々手を突っ込んでみる。でもやっぱり分からない。行く手に立ちはだかるのは1トンくらいあるのだろうかユンボの錘(おもり)だ。アーム(ユンボの腕の部分)で重いものを吊ったりした時にユンボがひっくり返らないようにするための鉄の塊(かたまり)。これを外さない事には先に進めない、どうしようもないか・・・・・。
壊れた箇所、壊れた部品あきらめて業者に電話する前に、もう一段階、近所(歩いて5分)のユンボを持っているヨシヒロさんに相談してみた。「分からねぇけど、あいつなら分かるかも」と、また近所のコムロさんに声をかけてくれ、とりあえず近所の方2人にユンボを見てもらった。機械が好きだと自分で話してくれるコムロさん。機械に対するフレンドシップは僕が思っていた以上だ。手の突っ込み方や油のまみれ方が違う。どんどん機械の中に入っていく。それぞれのパーツが何のために付いているのかを大体理解しているみたいだ。すごいなぁと思いながら僕は道具を取りに走ったりと2人の手元に徹する。やはり例の錘を外さなければいけないという事になった。僕が持っている道具ではそれを外す事ができないが、お2人それぞれの家にある道具を組み合わせたらそれができると、一度道具を取りに帰りチャレンジ。
何でこんな道具持ってるんですか?という道具が幾つか集まった。すると最初無理だと思っていた錘を無事に外す事ができ、今まで入っていけなかった箇所に光や手が届くようになった。そして問題の箇所までたどり着く事ができ、穴の開いたチューブを見つける事ができた。原因は無理な負荷や使いすぎということではなく、旋回時にすごくうまい具合に鋭利なもの(折れた杉の枝など)がチューブを貫きそこから作動油が漏れてしまったのだろうという推測だ。確かに穴の開いたチューブには劣化した感じは見られず、圧力がかかる場所でもない。
ヤマユリ、ソーラー発電で、かかる費用は、直径4cmほどのチューブ代、そして漏れてしまった作動油代といったところ。(&お礼)業者さんを呼んでいたら大変だったのは言うまでも無いが、近所の方々と一緒に作業させてもらうことにより、交流ができたりなど、結果とても良かった。
何でも自分で作るんだったら何でも自分で直したい。機械は難しいとただただ思ってしまっていたが、1つずつ覚えていけたら世の中もっと面白くなるなぁって思った。
壊れたと思った時、すぐに業者に電話と思ったが、電話が通じない山の中なのでゆっくり考える事ができた。色々な人の話しを聞き、あせらずに1歩1歩解決に向って歩いていく。今、この時に取った行動が、遅かったのか早かったのか、そんな事はどうでもよく、全てが上手く流れている、うん、これで良かったんだ、完璧だ、と思えた瞬間があった。多分、この瞬間の組み合わせが「幸せ」ってやつなのだろうなぁと僕は時々考える。  (匠)

旧北上川で水遊び2012年8月1日(水)
リオキャンプ

今日は旧北上川にて子ども達と川遊び。復興支援チームリオクランデ(旧RQ河北ボランティアセンター)が行っている”リオキャンプ”の2日目に参加させていただいた。日本財団のクロさんに声をかけて頂き、はからめランドにも来た事がある、ハナナナも一緒に活動。ハナナナは元々RQで今日参加している子ども達とも仲が良いし、ツカちゃんや森田くんなどRQのメンバーに久々に会えたのも嬉しかった。
川の水は少し濁っていたけれど、その濁りよりも子ども達のパワーの方が数段上を行っているので、コッチからもアッチからも水の中にジャポンジャポン、とにかく元気元気。今回参加している子ども達はRQ河北が震災後一緒に歩んできた、大川地区の子ども達だ。一人一人、色々な思いと立ち向かいながら今日まで生きてきたんだと思うと、僕も一緒に水の中にジャポンして水遊び。 (匠)


関連サイト OPEN JAPAN ・ 復興支援チーム”リオグランデ” ・ クロさんブログ”続・雨ニモマケズ風ニモマケズ”

3人組、デミセ2012年8月1日(水)
川開き

今日は石巻の川開き祭りです。町中は交通規制を敷いて出店が立ち並び、パレードやショーなどの出し物で賑わっています。わたしが知る中で一番、石巻に若者たちが出歩いている日でもあります。昨年はボランティア団体でもブースを構えていたのですが、今年のOPEN JAPANは通常業務に勤しんでおります。サンライスもカーシェアも通常活動業務、事務局も事務作業です。
午前中に用事があって市役所へ行ったのですが、そのときに目にしたお祭り風景に、気分だけでもお祭りに参加しているつもりになろうと、借り物の浴衣を来て事務作業をしてみました。夕方になって一段落したところで、お祭り風景に参加してみました。特に何かをするわけではありませんでしたが、友人知人たちがテントで楽しそうにしているところに顔を出して、お祭り気分を味わいました。
夜はこんな感じ、CO.1LOW君と。 本日のメインイベントは花火です。夕方事務所でバーベキューをしながら花火を見よう!というのが唯一のOPEN JAPANの企画でしたので、あわてて事務所に帰りました。夕ご飯用にちらし寿司をつくって、キャベツを刻んでひたすら揚げ物を揚げました。あべちゃんと匠くんがバーベキューをセットして、チセママとデッキでみんなでワイワイやっています。羽ちゃんや杉ちゃん、鮎川から圭ちゃんご夫妻と、人も集まって来て楽しいお祭りナイトとなっています。三々五々と人がまばらになって行き、最後に残ったあべちゃんと杉ちゃんと、けっこう遅くまで真面目な話をしました。地元民であるあべちゃんからの見解と、震災直後から今まで継続的に石巻に来ては自己完結を徹底して活動している杉ちゃん、そして絆からOPEN JAPANになっても未だここに来ているわたしたち。いつになっても問題点はあり続けます。ただ言えること、それは、時間の経過とともに環境も人の気持ちも変わってきているということ。いつまでも震災ボランティア気分ではいられないということです。ここ石巻には既に、人々の生活が始まっていて、そして日常が取り戻されつつあるのが現状なのです。(よ)

川開きの特設会場にてCO.1LOW(コウイチロウ)君というヨーヨーの世界チャンピオンの技を目の前で見る事ができた。一緒に写真も撮ってもらった。昨年の川開きでは石川さゆりを目の前で見る事ができた。石巻の川開きは僕のためにあるのではないかと被災地で毎年1日の勘違い。 (匠)


関連サイト OPEN JAPAN ・ CO.1LOWオフィシャルブログ
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