メープルの樹液を採取
メープルと誕生日
 2024年2月20〜23

秋田、山形から昨夜福島に戻ってきました。
昨年10月から今年の2月まで、今期のこよみのお話会が無事に終了しました。
今回は「暦と暮らすこよみのクラス」として、楽しみながら学べるように構成しました。
今期20ヶ所、約300名の方々に受講していただき、わたしたちも出会いと学びをいただきました。ご参加いただきました方々、ご協力いただきました方々、どうもありがとうございました。
次回からはもっと詳しくより丁寧に、さらに学びを深めていただけるように構成していこうと思っております。こよみを知ることは自分を知ることにつながります。この世界でどのように生きていくのか、何のために今自分が存在しているのかを考えるきっかけにでもしていただければ幸いです。

雪・雪

今年はなんとなく雪も少なく暖冬で、ということで、楓の木の樹液を採取しに森の中へ。
あわただしく過ごしていると見過ごしてしまいがちな短い期間の自然からの賜物です。
そうかと思えば雪景色。
今頃冬を見ているようです。

OPEN JAPAN 報告書

東北のお話会から帰ってきて早々に能登半島で活動しているOPEN JAPANのメンバーと緊急ミーティングがオンラインで行われました。
OPEN JAPANでも中・長期のボランティアを募って、能登を支えていくための体勢を強化していくことになりました。 今回の災害、復旧に至るまでにかなり時間がかかります。
災害支援、ボランティアと被災した方々で立て直していくものではなく、日本全体で支えていかなければならないところまできているのではないでしょうか。

月とカヌーの今後の動き、これまで一年間のOPEN JAPANの活動報告書の製作に取り掛かかっております。一年間の報告をする形ではありますが、完成した報告書が次の支援のときにも使われます。今回はまだ現在進行形である能登半島地震の支援活動に重きをおき、編集・デザイン等、現地と連絡を取りながらしばらくはデスクワークとなります。

メープルの樹液を煮詰める

20日は匠誕生日、普通に過ごす1日がいちばんのプレゼント、何でもない日常が実はとても貴重な日だと思うようになりました。
23日は天皇誕生日、64歳になられたそうです。誕生日の記者会見を行いおことばを賜るのですが、誕生日といえばいつもはことばを送られる日ですが、一般人も誕生日にことばを残すようにしたらいいのではないかと思いました。
こよみの話会では生まれる日についてもお話しています。
365通りくらいありますが、誕生日と命日が同じ日だったりすることもありますね。数字の持つメッセージというものも、わたしたちに何かを伝えようとしているのかもしれません。



関連サイト :  OPEN JAPAN 災害支援

暦と暮らすこよみのクラス@朝めし膳
暦と暮らすこよみのクラス@manosube x 朝めし膳
 2024年2月18日(日)

山形県鶴岡市にある「朝めし膳」さんにてこよみのお話会「暦と暮らすこよみのクラス」を開催していただきました。主催は月のカレンダーを通してご縁をいただきましたmanosubeさん。以前鶴岡でお話会を企画してくれたお仲間たちと一緒に開催してくださいました。鶴岡で3回目のお話会となります。

こよみのクラス

会場となった「朝めし膳」は前回お世話になった「いこいの宿 農」のお隣にオープンした朝食専門店。宿と同じ店主の小野寺みさこさんに今回もお世話になりました。
小野寺さんは食を通して人々を支えていこうという志をお持ちで、宿とお店の他にもゲストハウスや学生寮も経営されています。お集まりいただいた方々の面々を通しても、こういう素敵な方々がつながりあって町やコミュニティを支えているのが伺えます。

こよみのクラス

お話会の質問時にはサプライズもありました。まさか気づく人がいたなんて、というわたしたちの遊び心を見つけてくれた方がいました。そしてその方とは随分前に旅先の山梨県でお会いしていたことがあったという、偶然では片付けられないような再会でした。

暦と暮らすこよみのクラス@高梨商店

お話会終了後には第三部、交流会のお時間をご用意してくださいました。
山形の美味しいお酒と食事をいただきながら、寝る間も惜しんで語り合いました。飲食店のプロの方々がご参加してくださるというありがたい会、庄内のおもてなしの心に感謝です。
歴史と文化の残る町に住まう人々、心の豊かさと思いやりの精神がこの地に脈々と続いて繋がって受け継がれているものなのだと感じました。

こよみのクラス

翌日はクラゲの水族館を勧められましたので、訪れてから帰路につきました。
見どころ満載の庄内、またゆっくりと訪れたいと思います。



関連サイト : manosube  ・ 朝めし膳  ・  OPEN JAPAN 災害支援

暦と暮らすこよみのクラス@高梨商店
暦と暮らすこよみのクラス@リフレッシュサロンあおいて x 高梨商店
 2024年2月17日(土)

秋田県大仙市にある高梨商店さんにてこよみのお話会「暦と暮らすこよみのクラス」を開催していただきました。主催は秋田市に住むリフレッシュサロンあおいてのツクダさん。東日本大震災のあとの石巻でのボランティア活動で知り合い、今回12年ぶりの再会、秋田でのお話会を企画してくれました。時の流れはあっという間です。あのときのご縁がこうしてつながるとは、そのときには想像できないことが時を超えて起こります。

こよみのクラス

大仙市にある高梨商店さんは古民家を改装した素敵な一軒家です。食堂としてだけでなく、ワークショップやライブなど、地域のコミュニティを担う場所としてみなさんに愛されているお店です。
月のカレンダーを愛用してくださっているというご縁から、今回会場として使わせていただけることになりました。

こよみのクラス

お話会の一部と二部の間にはスペシャルカレーのランチタイムがありました。彩りも綺麗で美味しい食事をいただきみなさん楽しそうです。お話会を通して素敵なお店とのご縁ができるのも嬉しいことです。

暦と暮らすこよみのクラス@高梨商店

暦の話のあとには能登半島地震の支援活動の報告をさせていただく時間をつくっていただきました。昨年水害のあった秋田での経験をお話くださる方もいて、みなさんと真剣に災害時との向き合い方を話しあえる貴重な時間をいただきました。

こよみのクラス

遠方から聞きにきてくれた友人にも会え、今回秋田とのご縁をいただけましたこと誠にありがたく、ご参加の方々からも主催のツクダさんからも「ぜひ来年も!」との嬉しいお言葉もいただきました。能登へ支援に行っている最中に会場や告知や集客などのやりとりをしており、開催してみるまでどのような会になるのかまったく予測もつきませんでしたが、今回このようなありがたい機会を設けていただけましたこと、本当に見えない何かに導かれて、ということの現れのような気がしています。ご参加いただいたみなさま、会場としてご協力いただきました高梨商店さま、そして12年の時を経てこうしてまたご縁をつないでくれたツクダさま、どうもありがとうございました。また秋田に伺える日を楽しみにしております。



関連サイト : リフレッシュサロンあおいて  ・ 高梨商店  ・  OPEN JAPAN 災害支援

建国記念の日
建国記念の日
 2024年2月11日(日)

2月11日は古事記・日本書紀にて初代の天皇である神武天皇の即位日紀元前660年1月1日(旧暦)を明治に入り新暦に換算した日付です。日本は紀元前「倭(わ・やまと)の国」と呼ばれ、「日本」との国号は710年大宝律令の頃といわれています。現在は国民の祝日となっています。(はからめ月の手帳より)

「建国記念の日」であって、「建国記念日」ではないんですね。

「建国記念日とは、世界各国に見られる、国家が独立や連邦の構成などによって成り立ったことを記念する日の総称である。各々の国で祝日とされることが多い。

何を持って建国の日付とするかは国家によって様々で、実際の建国日が明確でない国の場合、国家の成り立ちにとって重要な何らかの出来事のあった日をもって建国を記念する日に代える例が見られる。(ウィキペデイアより抜粋)」ということで、今日は建国記念の日、「建国をしのび、国を愛する心を養う。」 ことを趣旨とする国民の祝日です。

こよみのクラス

週末は秋田県大仙市、山形県鶴岡市へ向かいます。
こよみのお話会「暦と暮らすこよみのクラス」、参加者募集中です。


◆2024年2月17日(土)  秋田県 大仙市 
《 高梨商店 》
場所:秋田県大仙市高梨米打橋11
時間:11:00〜15:00
お問い合わせ:080-8732-6295(リフレッシュサロンあおいて ツクダ)
フレッシュサロンあおいてのインスタグラム
または0187-73-7871(高梨商店 松本)
高梨商店のインスタグラム

◆2024年2月18日(日)  山形県 鶴岡市 
《 朝めし膳  》
場所:山形県鶴岡市鳥居町34−17
時間:13:00〜16:30
お問い合わせ:090-5834-1505(manosube 齊藤)
manosubeのインスタグラム



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辺りは雪です。
旧正月
 2024年2月10日(土)

旧暦元旦旧正月です。
能登半島〜伊勢の旅から福島に戻ってきました。

お正月を感じる間もなく過ぎゆく日々ですが、ひとつの節目を迎え、気持ち新たに過ごしていきたいと思います。

新年のご挨拶

旧暦元旦の年賀状は、再開した能登町の郵便局から出しました。

しばらくぶりに福島に戻ると、インターネットが使えなくなっていました。
プロバイダーに連絡したくてもネットを利用した電話も使えませんし、携帯電話が繋がらない山奥なので連絡の取りようがありません。仕方なく電波のつながるエリアまで車で移動して連絡を取りましたが、確認事項を伝えるにも家に帰って機材を確認してまた電波のつながるエリアに行っての繰り返し、なかなか骨の折れる作業です。
結果ONU(光回線終端装置)の故障が原因であろうということになり、代替品を発送してもらい取り替えることによって解決しました。

復旧するまでのインターネットが繋がらない3日間、いいも悪いもこの経験は被災地で過ごした時間を思い起こすことになりました。もし日本中がインターネットも携帯電話も使えない状況になったとしたら…。そんなことを想像してみます。当たり前が当たり前でないことが起こりうる世界です。ありえないことではないかもしれません。

こよみのクラス

週末は秋田県大仙市、山形県鶴岡市へ向かいます。
こよみのお話会「暦と暮らすこよみのクラス」、ぜひご参加ください。


◆2024年2月17日(土)  秋田県 大仙市 
《 高梨商店 》
場所:秋田県大仙市高梨米打橋11
時間:11:00〜15:00
お問い合わせ:080-8732-6295(リフレッシュサロンあおいて ツクダ)
フレッシュサロンあおいてのインスタグラム
または0187-73-7871(高梨商店 松本)
高梨商店のインスタグラム

◆2024年2月18日(日)  山形県 鶴岡市 
《 朝めし膳  》
場所:山形県鶴岡市鳥居町34−17
時間:13:00〜16:30
お問い合わせ:090-5834-1505(manosube 齊藤)
manosubeのインスタグラム



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飛天双○能
飛天双○能
 2024年2月7〜8日

飛天双○能に参加するため、能登半島から三重県伊勢市へやってきました。
飛天双○能とは、12年かけて12箇所で開催する12回の能楽奉納を通して、日本文化の継承を目的として行われているものです。今回は第二回目、場所は伊勢神宮です。

カレンダーの販売

能楽奉納を前にして、7日には神宮会館大講堂でシンポジウムがありました。
この飛天双○能の目的には日本の伝統的なものづくりの継承というものがあります。
能舞台で用いられている衣装やお道具の素材は、かつては麻などの天然素材で草木染めだったものでしたが、現代では化繊に化学染料といったものが使われているそうです。それを取り戻そうと、麻農家、紡ぐ人、染色家、革職人、木地師が登壇し、主宰の大倉正之助さんと対談して現在の取り組みや今後の展望などをお話されました。

会場では麻の商品や出演者のCD、書籍の販売ブースがあり、わたしたちも月の暦と一筆箋を販売させていただきました。
「日本人には月の暦よね。」
と言ってくださる方もいて、日本文化の継承の一端を担っていくことへの覚悟も感じた時間となりました。

能舞台

8日早朝、伊勢神宮の正式参拝から始まります。
能楽士69名を含め総勢100名での参拝となりました。
神楽殿にて神楽の奉納、そして参集殿にて5時間にわたる能楽の奉納がありました。
演目は「翁」「高砂」「箙」「羽衣」「三輪」「石橋」 です。

能舞台

主宰の大倉正之助さん曰く、69名の能楽士による5時間の能楽奉納はおそらく明治以降初ではないかとのこと。近代史における能楽奉納の歴史に残る舞台だったと思います。

赤福さん

5時間にわたる能楽奉納に参加させていただくのははじめてのことでしたが、考えること学ぶこと多々あり、今後の自分たちの暮らしにどう生かしていくか、これからのものづくりにもどう影響していくのか、わたしたちへの課題もいただいたような気持ちでいます。

黒留袖と紋付袴

能登半島から紀伊半島へ、 世界は目まぐるしく動きます。その中で自分たちは何を表現し、何を実現するのか。
次の能楽奉納は2025年3月8日、広島県福山市鞆の浦で開催されることに決まりました。



関連サイト :  飛天双○能  ・ OPEN JAPAN 災害支援のWEBサイト  ・ YAHOO JAPAN ネット募金

あなた=わたし
最終日
 2024年2月6日(火)

朝のミーティング8:00、参加者24人。
本日の活動、
炊き出し
醤油復活プロジェクト
避難所調査、物資の配布

今日わたしたちは1週間の現地での活動を終え出発します。
ここから先は後方支援となります。
毎日のミーティングでは、活動を終え出発する人からひとこと述べるしきたりになっています。
わたしから伝えたことは
「あなた=わたし」
この感覚を感じることができるかどうか。
OPEN JAPANのパンフレットの表紙にあるメッセージ です。

OJ能登ベース

今回はボランティアを支援するベースのひとりとして、彼らを支える側に身を置きました。この場所を運営していくのもボランティア、支える側が折れてしまわないようにするにはどうすればいいかが今回の課題でした。

未だ水の出ない生活です。
日々の暮らしに欠かせないものがこれまでのようには使えないとなったとき、わたしたちはどうやって工夫して暮らしていくか。これまでと同じようなことを求めていたら疲弊してしまいます。毎日水を汲みに行き、水を届け、水を使い、水を管理します。個人であれば使う量を把握し制限することができますが、集団となった時にどうやってそれを管理するか。それは水だけでなく食料の問題にもいえることでした。足りないのでなくそれが過剰になった時、どうやって無駄にせずに使うことができるか、過剰にあるところから足りないところにいかにして分配してくか。このパワーバランスがまるで世界の縮図を見ているかのようです。

広域支援ベース

能登町でもゴミの収集が始まりました。
今回の災害で60年分のゴミが出るといわれているとのこと、
これからゴミの処理問題が出てくることになるでしょう。
これをどう解決していくか。
これもこの地球の縮図を見ているかのように思えます。
災害はわたしたちに大きなメッセージを投げかけています。

広域支援ベース

帰りがけに七尾市に拠点を置く「災害NGO結」運営の広域支援ベースに立ち寄りました。
災害時にいつも連携をとっている仲間です。
OPEN JAPANの重機チームがこちらのベースの重機作業をしていました。
事務局アスキーにご挨拶。
どの災害時でも顔馴染みのメンバーが活動している世界となりました。この世界をいかに広げていくことができるかも、今後の課題だと痛感します。
災害支援の現場ですが、ここに集まる仲間との出会いには他では得られない大きな価値を感じています。この出会いがあるからこそ、わたしたちは次の世界へと上昇していくことができるのだと思います。

能登町の皆さんと

今回私たち月とカヌーに託してくれた現地へ届ける物資。その手配をしてくれた玉姉妹さん、葉月さんをはじめとする三浦半島のみんな、那須のアワーズダイニングに集まってくれたみんな、全ての支援物資を直接わたしたちが住民さんへお渡しするまではできておりませんが、OPEN JAPANの仲間たちが継続的に避難所を訪れながら必要としているところへお届けさせていただいております。ありがとうございました。




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酒垂神社
酒垂神社
 2024年2月5日(月)

(上 Photo Paulo)
朝のミーティング8:00、参加者24人。
本日の活動、
炊き出し能登町上町公民館(100食)、きんぷら(20+30食)、三浪公民館(80食)
能登町タカタ醤油さん復活作業
野菜の配布
神社の片付け
避難所調査、物資の配布
美容師さんによるヘッドスパ
ソーラーランタン配布

酒垂神社
(Photo Paulo)

これから酒垂神社の片付けを始めていくにあたって、参拝させていただいてから作業をはじめていこうということになりました。リーダーのひーさー、その他有志で宮司さんにご挨拶をさせていただくと、片付けはじめていた宮司さんが手を止め、「どうぞおあがりください。」と、本殿を開けて太鼓を叩いて祝詞をあげてくださいました。
神社の由来や今年の元旦の初詣のときのことなどを伺いました。

参拝のあと落ちた土壁を片付けるお手伝いをさせていただきました。土壁は重いので運ぶのが大変です。奥さんがひとりでやっていたのを交代し、土嚢袋にまとめて運び出しやすいようにしました。宮城からきてくれたシマさんにお願いした階段に崩れ落ちた鳥居の石の粉砕は、石が硬すぎてエンジンカッターでは切ることができず、後日道具を揃えてから着手することにしました。

酒垂神社

宮司さんは旧暦のお話会もしているそうで、月のカレンダーをお渡しさせていただきました。わたしたちの知らない六曜を教えていただき、あらたな出会いがメッセージを運ぶことを感じます。まるで導かれたかのように節分立春からはじまったこのご縁、すべては必然であるということを感じざるを得ません。

能登町宇出津では毎年開催されるあばれ祭りというお祭りがあります。今年開催できるか否か、酒垂神社の復興がひとつの兆しとなることを願います。

ランドリープロジェクト

午後は水タンクと水道を設置した珠洲市のランドリーへ給水に行きました。いわき市からお借りしている給水車にも親近感がわいてきました。かぼちゃタンクと呼ばれる300リッターが4つ、漁協からお借りしている水槽が2つ、補給をしたら1100リッターの給水車が空っぽになりました。
ランドリーを復活させたミヤビとの出会いも、出会うべくして出会ったのだと思います。
酒垂神社の宮司さんもおっしゃっていましたが、こうなるべくして起こっている、過去とか未来とかではない同じときに生きていると。
縁あって出会う人たちからは「すべて偶然に起こっているのではない」ということを何度も耳にしました。日々いたるところで奇跡が起きています。わたしたちはこの世界で何を知ることができるのか、毎日「今日はどんなことがあるだろう。」と思いを馳せながら過ごしています。何もないという日はなく、毎日予想もつかない出来事が待っています。大変なことも、感動することも、すべて隠と陽のように、まるで合わせ鏡のように目の前に表されます。

ランドリープロジェクト

雨が雪に変わり寒さが厳しくなってきました。
「二人が来る日はいつも寒いね。」
寒さを呼んでいるというよりは、誰もこないであろう寒い日にミヤビに水を届けているのかもしれません。
「次はいつ会えるかな。」
会う人とは約束をしないでも会えるものです。
「3月かな4月かな5月かな…。」
見えない何かに導かれて、わたしたちはこの世界を生きている、
この世界は見える存在も見えない存在もみんな一緒にやっている、
そのことをどこよりも早く体験させてくれるところ、それは一度当たり前だと思われていた世界を失って、何もかもやり直していくところからはじめる世界で感じられるものかもしれません。
失ったあと再生するエネルギーは一人から二人、二人から四人、四人から八人へといつの間にか倍増されていきます。この世界はいくつもの魂が守り続けてきた世界です。そんなに簡単には終わるはずがありません。



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節分
立春
 2024年2月4日(日)

朝のミーティング7:30、参加者25人。
本日の活動、
炊き出し能登町曽又集会所(90食)、真脇集会所(60食)、小木中学校 (吉野家アテンド)、能登高校、消防署にデリバリー。
能登町老舗のお醤油屋さんの復旧作業
避難所調査、物資の配布

つよし流自然農

昨日のお醤油屋さんの片付け作業に行っていたモデルチームに友人から連絡が入り、友人の友人のご実家が能登町の神社で、ご夫婦だけで片付けているので手伝いに行って欲しいと頼まれたとのこと、午後から三人でそちらを訪ねて片付け作業をしてきたと聞きました。
酒垂(さかだる)神社という神社で、朝一でその三人の作業現場にどのような様子なのかを伺いに行きました。

鳥居が崩れ、参道の階段に崩れ落ちていました。大きな石がごろごろと、手では持ち上げられない重さです。手すりも折れ曲がっており、金属を切ったりや石を割る道具が必要とされます。
今日は手作業で木の枝を片付け、階段を履き清めるところまでで作業を終えました。

老舗のお醤油屋さんの醤油を救う

宮司さんから話を伺います。

ここに祀られている神は海から酒樽に乗ってやってきた渡来神であるそうです。
「酒樽に乗りてこの磯に寄り給いし故、その神社の由来があるという。」
海から酒垂神社までの通りには岩瀬比古神社跡として巨岩が残っています。巨岩を見ていると地元の方が「片付けてたらこんなん出てきた。」と、江戸時代と令和時代との比較の地図をくれました。
片付けている階段の横には椿の花が咲いていました。
小さな桜も花をつけ、植物を見て春の訪れを感じます。
意図せずとも立春に神社詣、水をつないできたその先には海からの神の道を開く流れがやってきたようです。

老舗のお醤油屋さんの醤油を救う
(本日、浜松から到着した炊き出しチーム、運んできてくれた食材を仕分けしている様子)

現在OPEN JAPANでは若手炊き出しチームが活躍しています。
人手が足りないとのことで、仕込みの手伝いを頼まれました。
以前の炊き出しは現場で作っていましたが、今はベースで作って運んで配食するというスタイルでやっています。

老舗のお醤油屋さんの醤油を救う

ボランティアベースで調理し、病院、消防、役場といった地域を支える側の職員さんへ炊き出しのお届けも。

ボランティア活動初めての20代の若者たちが現在がんばってくれています。できるだけ彼らにまかせわたしたちは見守ったりサポートする側にいます。実際に彼らの指示で動いてみると、見えてくるものがありました。支援する側とされる側にとって、どうすればよりスムーズな道筋を見つけることができるのかを話し合います。



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老舗のお醤油屋さんの醤油を救う
節分
 2024年2月3日(土)

朝のミーティング8:00、参加者25人。
本日の活動、
炊き出し能登町矢波集会所(100食)&元気カフェ、能登町役場(80食)
能登高校から柳田体育館へ毛布を運ぶ
能登町老舗のお醤油屋さんの復旧作業
避難所調査、物資の配布
ベース内整理、事務作業

つよし流自然農

今日の炊き出しには元気鍋とともに、自然栽培で作った無農薬の玄米を炊いて提供しました。
OPEN JAPANの炊き出しには梅干しを添えています。梅干しは殺菌力が強く、血液浄化をして疲労回復となる伝統的な保存食です。ご支援でいただいた手作りの梅干し、無農薬野菜が役立っています。

能登町のお醤油屋さんの復旧作業二日目。
大工ボランティアは重機が通れるように道を確保、崩れた屋根の解体作業、能登瓦の救出、建屋内の片付けやお醤油のケースを運び出したりと何班かに分かれて作業をしました。

老舗のお醤油屋さんの醤油を救う

今回このお醤油屋さんを復旧するにあたって、リーダーを努めたのは偶然にも大手のお醤油屋さんでの勤務経験のある女性でした。作業ももちろんですが、わたしたちが最も大切にしていること、それは人と人とのご縁です。お醤油つながりの話題からだんだんと明るい表情になっていくご店主さん、響き合うのは言葉を超えたところにあるものかもしれません。
大変な状況ではありますが、あちこちで奇跡が起きています。

職員さんへの炊き出し

夜の7時、能登町役場にて、役場職員さんのために炊き出しです。
役場の方々は、ご自身の家も被災しているにも関わらず、朝から夜まで町民のために時間を使っています。その方々が倒れてしまっては・・・という思いからの炊き出しです。
今日は2月3日節分、炊き出しのメニューはちらし寿司です。やはりご希望の方には梅干しを添えさせていただきました。職員の皆さん「節分、忘れてたよ・・・」と、多くの方々が口にされていました。「あの日から時間や日にち、曜日などを考えられなくなっているよ」といわれる人も。
明日は立春、この日から1年が始まるという考えもあります。暦は坦々と時間を刻み続けています。



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朝日新聞
福島から
 2024年2月2日(金)

朝のミーティング8:00、参加者16人。
本日の活動、
炊き出し能登町にて3箇所(食後のお茶っこあり)
能登町老舗のお醤油屋さんの機材取り出し作業
KEENスノーシューズ配布
ベース内整備
食材、資材の整理と管理

先日の珠洲市のコインランドリーへ水を引く作業が朝日新聞の取材を受けました。
福島から単身取材にきていた女性記者、はじめお会いした時にはボランティアかと思い、水を運ぶお手伝いや支援物資を並べる作業をお願いしてしまいました。お話しているうちに記者の方だと伺い、取材を受けます。単身現地へ赴いて取材をする気骨のある女性記者。仕事とはいえ、覚悟を持ってやっているなぁ、と思いました。福島から、と言われると、お互いに距離の近さを感じられるものです。

朝日新聞DIGITAL 「能登地震1カ月、福島からも支援の動き「つながり続けることが大切」」

↑お時間のある時にでも

お醤油屋さん
(Photo Pauro)

能登町の老舗のお醤油屋さん。年明けに容器に詰めて出荷しようとしていたお醤油があり、それを取り出すことができれば出荷することができると伺いました。
まずは使える機材の救出作業をしながら取り出せるお醤油までの道を開いていきます。 地元の人たちが愛してきた食文化を復活していくにはどうすればいいか。 残したい文化、つむいできた能登半島の暮らしを取り戻していくお手伝いへと動き始めています。

梅干し、自然療法

OPEN JAPANの炊き出しやボランティアベースの食事では梅干しを出しています。体を整え免疫力を維持していくために積極的に取り入れてもらいたいと思っています。
ベースのみんなのために愛読書と梅干し、梅醤番茶を常備しています。
ここへはみんな災害支援活動に来ていますが、普段の暮らしから心がけていってほしいこと、ここで感じたこと学んだことを自分たちの暮らしへも生かしていってほしいと思います。



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水、水、水
水、水、水 
 2024年2月1日(木)

朝のミーティング8:00、参加者27人。
発災から1ヶ月、黙祷を捧げて各自活動へと向かいます。

地元の人たちが愛してきた食文化を復活していくにはどうすればいいか。
残したい文化、つむいできた能登半島の暮らしを取り戻していくお手伝いへと、ひと月経ち次のフェーズへ向けて動きをはじめます。

水、水、水

毎日考えるのは水のこと。

ベースで使う水がなくなり、給水車で浄水場に水をもらいに行きました。
給水車で浄水場へ行き給水するという作業をはじめてやりました。 こんな状況にでもならない限り経験できないことばかりです。福島県いわき市からお借りしている給水車を福島県から来た匠が運転する、なんだかご縁を感じます。
給水場へ行く途中に甲賀市、大分市の給水車とすれ違いました。給水車同士、同じ使命をもって今ここにいるという連帯感を感じました。水がつなぐ、水でつながる。毎日水のことばかり考えています。

水、水、水

午後は1トンの水タンクを珠洲市の緑ヶ丘中学校に設置に行きました。

中学校の後ろにダムがあり、濾過する技術によってその溜まった水を飲料水として浄水することができるシステムが設置されていました。飲料水は3割、7割は生活用水として使えるという水場ができていました。その中学校に避難している先日会ったミヤビから、その7割の水を溜めるためのタンクが欲しいと要望を受け、日本財団から支援してもらった1トンのタンクの設置に行きました。
タンクを設置するにあたり、仲間のジョッキーさんとヨコさんにお手伝いをお願いしました。材料も限られていたため工夫するしかありません。あるものでなんとか無事に設置、これでいつでも水を汲むことができるようになりました。雪降る中でみんな凍えながらの作業でしたが、これで水を汲みにきた人の役にたつことができるのだという気持ちが心を熱くします。

水、水、水

毎日水のことばかり考えています。
水道がない環境で水を使うためにはどうすればいいか。
汲んできた水をこれまでと同じように使っていたらすぐになくなってしまいます。
これは常日頃からわたしたちがいつも考えていることでもあり、被災地だけの問題ではないと思うのですが、現実は思うようにはいきません。

水、水、水

水を設置したコインランドリーに戻り、寒さのため早めの店じまいを手伝います。
ミヤビからのお願いで、花を生けました。
「一緒に行って欲しいところがある。」
彼女の案内で前に住んでいたという場所を訪れました。
最後に一番好きな場所だという海岸へ連れて行ってもらいました。

水、水、水

左右から波が押し寄せて合わさるポイントに鳥居があり、ちょうど潮が引いていて鳥居をくぐることができました。
「陰と陽なの。月のカレンダーをつくっている二人にここにきてもらいたかった。」
すごいプレゼントをいただきました。
今日はミヤビの23歳の誕生日。
忘れられない日となりました。



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