夏のはからめランド
月の暦のデザイン
  2025年8月31日

旅から戻り、山に篭って来年の月のカレンダーのデザインをしていました。
旅の片付けと疲れがしばらく続きましたが、朝夕の草取りや畑の収穫など山の暮らしのペースを取り戻しつつ、かなり集中してようやくデザインを仕上げました。

夏のはからめランド

家の周りも畑もどこもかしこも草に覆われていて、行き詰まると土と植物のあるところへ行き、草を取ったり野菜を収穫したりして気分転換し、収穫したもので食事をつくって1日を終えます。

ジャングルの中で実っていたのはプチトマト、かぼちゃ、瓜化したキュウリでした。

植えていたものは草に覆われ、植えていないものの方が収穫できるという自然界の摂理。
小さな畑という限られたスペースの中にある世界を通して自然の営みを見させてもらっています。

夏のはからめランド

自然農というものを聞いてから自分なりに模索していますが、自然の営みにまかせることが自然農なのだと感じています。種を蒔くタイミングや季節や気候など、一度として同じ条件で作物をつくることはできないので、自然を観察する力が必要となります。続ければ経験を積めますが、いつも同じようにやればいいというものではないと分かりました。それでもその中に法則的なものを見つけられるといいなと思います。

早朝と夕方に草取りを、日中にはイラストを描き、息抜きに草取りと掃除に追われながらもデザインを進め、何度も色校正していよいよ入稿まで漕ぎ着けました。

夏のはからめランド

旅の間にテーマを決めたムーンサークルカレンダーも、ハワイ島のかおりこさんと連絡をとりながら進めています。決めたテーマが集合意識的なものなのか、お互いに同じメッセージを見聞きしていたので驚いています。布製のムーンサークルカレンダーは、Little Eagleと一緒に製作しています。製作段階では毎回課題をいただいているようで、とても新鮮な気持ちで毎年取り組んでいます。 2026年で14枚目となるムーンサークルカレンダー、どう完成するのか…。


橋の下大盆踊り
SOUL BEAT ASIA 2025 橋の下大盆踊り
  2025年8月12〜17日

愛知県豊田市で開催された「橋の下大盆踊りSOUL BEAT ASIA」にOPEN JAPANの仲間と参加しました。被災地で共に活動する”チーム橋の下”の仲間とのご縁で昨年より能登の現状などをお伝えするブースとしての出展です。

橋の下大盆踊り

わたしたちは12日入り、あらかじめ決めてくれていた場所の区画を確認し、日除けバックヤードを設営。
13日、能登から組と合流、出展ブースの設営。
14日9:00 「OPEN JAPAN災害支援」のブースと広島「水の祈り」の展示スタート。

橋の下大盆踊り OJブース

OPEN JAPANのブースには、朝から夜までたくさんの方々にお立ち寄りいただきました。
橋の下に集まる多くの方が、災害や平和への関心を寄せてくれていることを感じました。
今回は災害支援だけではないOPEN JAPAN の活動として「水の祈り」のブースを設けました。

橋の下大盆踊り 水の祈りブース

「水の祈り」は毎年8月5日に広島の原爆ドーム前を流れる太田川のほとりで行っている献水の集まりです。カヌーの大先輩であるバウさんが亡くなってから、8月6日の広島の灯籠流しのカヌーボランティアを受け継ぐことになって11年、ご縁のできた広島の方々と話しているうちに自然発生的にその前日の5日に太田川に献水させていただくことがはじまりました。毎年8月5日に持ち寄った水を一つに合わせて、太田川に献水する静かな祈りのときを過ごしています。

橋の下大盆踊り 水の祈りブース

今回は広島から帰りの道中で、献水した合わせ水を持ってきていたので、その水と写真を展示しました。朝のはじまりと同時に、伊勢大神楽講社の山本春太夫組が獅子舞を舞ってくださって、伊勢のお札を賜わりました。舟にお札に水が揃い、神聖な空間となりました。
日々その時に起こる事象からものごとが作られていく楽しさはまつりならではです。

橋の下大盆踊り OJブース

わたしの朝は6時30分から始まる豊田スタジアム前でのラジオ体操から始まります。
昨年地元の方に声をかけていただき、今年は自主的に参加しています。その後掃除と朝食作りというルーティーンが1日の始まり、そこから展示が夜まで続きます。
毎朝一升のお米とお味噌汁&パンケーキとコーヒーを用意し、ご飯はおにぎりにして行動食に。これで午後からは展示とライブに集中できます。

橋の下大盆踊り OJブース

今回は9人でのキャンプ生活となりました。
水と薪を確保して、焚き火とカセットコンロで5泊6日間過ごしました。
車で温泉にも行きましたが、歩いて矢作川のほとりで沐浴ができたのがよかったです。
反省点もありますが、昨年経験したことを生かして、なんとかうまくできたのではないかと思います。

橋の下大盆踊り OJブース

Youtubeで気になっていた伊勢崎賢治さんが、トランペット持参でOJベースにお立ち寄りくださいました。
TALKING SURVIVORS「日米地位協定/日本は真の独立国家となれるのか?」のトークゲストです。多くの人が話を聞きに来ていました。ライブのアツさに対してこういう学びの場があるのは、チルアウト的にもとてもよかったです。

橋の下大盆踊り トーク

16日午前中には「マツリとコミュニティ」というテーマでOPEN JAPAN災害支援リーダーのヒーサーも出演しました。災害が起きたときに復活するための行動はまつりを作るエネルギーととてもよく似ています。被災地にいてもまつりの場にいても、場所を構えてご飯を作って建物建てて人を受け入れる、同じようなことをしています。能登で橋の下チームが活躍していたのもこのノウハウとコミュニティがあったからこそ。被災地とマツリのコミュニティには共通するものがあります。

橋の下大盆踊り OJのみんな

17日、OPEN JAPAN撤収。炎天下を共に過ごした時間、しばらく心に残ることでしょう。災害支援チームは、現在大雨の被害が出ている鹿児島県へ向かうチーム、一度能登へ戻ってから鹿児島へ向かうチーム、一度東京で体制を立て直して鹿児島へ向かうチームと一度別れてもまた同じ時間を共有することになりそうです。私たちが被災地に足を運んだ際にすぐに活動ができるのも常に現場にいる仲間たちのおかげです。

広島で合わさった水が矢作川へ

お世話になった矢作川にかかる橋の下にて、広島で合わせてきた水を献水させていただきました。献水した水を献水する、初めてのことです。ここから何か新しいことがはじまるかもしれません。



関連サイト : SOUL BEAT ASIA 2025 橋の下大盆踊り  ・ OPEN JAPAN

俣野家
京都・奈良へ
  2025年8月10〜11日(日) 

笠岡を出発し、奈良へ。
道中京都の俣野さんに会いに行きました。
俣野さんはわたしたちにカヌーを作ることを教えてくれた方です。俣野さんと出会ってガラスアートの世界と木で作る美しいボートの世界を知りました。

お話しているうちに、あれはもう20年前のことだと、時の経過に驚くとともに、今もこうして俣野さんおときさんと一緒に過ごせることに感謝したひとときでした。

黄金井家

先日福島で会ったばかりの黄金井家と再会、豊田までの道中お世話になりました。
黄金井家は奈良で「おやこほうじ」というお茶を製造販売しています。
こちらにお世話になり、旅の間に進めたい暦のデザインをさせていただいています。
笠岡では「あるでばらん」のご夫妻にお世話になり、奈良では「黄金井家」のご家族にお世話になりました。ありがたいことです。

黄金井家と花火

旅の間にバンクーバーの利佳さんからメッセージ英訳が届きました。
旅で感じ経験しながら作る2026年の月の暦です。
わたしたちだけでなく、見える存在、見えない存在の力もかりて。
どんな「はからめ月のカレンダー2026」ができるのか、自分でも楽しみになってきました。



関連サイト : 奥琵琶湖 Wooden Boat Center  ・ 黄金井家のおやこほうじ

新作能「長崎の郵便配達」
長崎原爆の日、新作能
  2025年8月9日(土) 満月

長崎原爆の日、広島県福山市鞆の浦にある沼名前神社の能舞台で披露される新作能「長崎の郵便配達」を観に行きました。
「長崎の郵便配達」は川瀬美香監督のドキュメンタリー映画作品です。この作品を能楽士の大倉正之助さんが新作能として書き上げました。

新作能「長崎の郵便配達」

3月に訪れた沼名前神社に再び能舞台を観に訪れることとなり、ご縁を感じています。
この能舞台は豊臣秀吉がいくさのときにまで運んで使用していたという歴史的な移動式能舞台です。その能舞台が鞆の浦の沼名前神社に設置され、こうして現代に生かされています。
秀吉の時代は過ぎ去っても、能という神事、芸能の技を通して、わたしたちは時代を越えて物語を綴り続けることができます。その見えない存在との時空を越えた共同作業が今目の前で見えるかたちで行われている、とても素晴らしい新作能のお披露目でした。
10月にはフランス公演が決まっているとのこと、今後の展開が楽しみです。



関連サイト : 能「長崎の郵便配達」

山の家
立秋、山の家、笠岡あるでばらん
  2025年8月7〜8日(木)

二十四節気の立秋、暦の上では早くも秋。

昨夜は山の家にお世話になりました。
山の家とは、古民家を再生した茅葺き屋根の素敵なお家で、広島でお世話になっている中川圭子さんがお仲間と管理しているお家です。
今回は「平和と美術と音楽と」に出演するために長野からやってきていた二家族とチェリストの先生が宿泊されていました。寝袋持参で一緒に宿めてもらうことに。
山の家にかけてある月のカレンダーを気に入ってくれたと伺ったので、差し上げたらなんと、お礼にとチェロの演奏を披露してくださいました。
こんなに身近にこんなにプライベートにチェロの演奏を奏でていただけるなんて夢のようなひとときでした。

山の家、深夜コンサート

そして、毎年広島で一緒に時間を過ごすサンタフェ在住のイクさんとの時間も、とても楽しくありがたいものとして経験させていただいています。サンタフェでフリースクールをやっているイクさん、世界中を飛び回り、各国の美しいもの面白いものを見て経験して子どもたちに教えています。とても魅力的な素敵な人、イクさんと過ごす広島もずいぶんと回数を重ね、今ではなくてはならない仲間のように感じています。
いつの間にか11年が経ち、毎年広島に集う仲間との時間がとてもありがたいものとして、わたしたちを動かしてくれています。

SEIJI LOVE

その流れを作ってくれたのは笠岡にある「あるでばらん」の中村ご夫妻です。 今回もこちらにお世話になりました。「あるでばらん」はシルクの薬効染めの製品を製造販売しています。なかむらしゅんさんは「イノチグラス」の目育士でもあります。ふみさんは染色家、とても繊細な感性をお持ちの方で、全国から訪れるご縁ある人たちにとって、お二人は癒しの人でもあるのです。

こちらにお世話になり旅の疲れを癒しつつ、鞆の浦で披露される新作能の舞台へ参りたいと思います。

上の写真は「SEIJI LOVE」この日に還暦を迎えたSEIJIさんへ向けてのメッセージです。



関連サイト : あるでばらん  ・ INNOCHI GLASS

平和記念式典
広島平和記念日、平和記念式典、灯籠流し@広島
  2025年8月6日(水)

昨夜はキャンプ場で夜を過ごしました。
早起きして太田川のほとりにカヌーを準備し、平和記念式典に参加しました。
たくさんの人、人、人。たくさんの警備。公園へ続く道にはデモをしている人たちが声をあげ、川沿いには祈りを捧げている人たちが並んでいました。

平和記念式典

公園内に入るのにはゲートが設けられ、ひとりひとり手荷物検査を受けなければ入れないようになっています。並んで荷物の検査を受け、リストバンドをつけて公園内に入ります。
式典には外国の方々も数多く来ていました。式典のパンフレットには英語訳が掲載されていましたが、至る所で英語圏だけでなく数多くの言語が飛び交っていました。

平和記念式典

広島市長の平和宣言、こども代表による平和への誓い、内閣総理大臣のあいさつのあと、ひろしま平和の歌を歌い、式典は厳かに終わります。
わたしたちはその後9時から開催される公園内の中島本町の法要に足を運びました。
今は平和公園になっていますが、かつてここは中島本町というお店や家が立ち並ぶかなり賑やかな繁華街だったそうです。灯籠流し前実行委員長の下井さんから、かつてそこにお父様の家があったという当時の話を伺う機会があり、それ以来法要に足を運ばせていただいています。
閉会の言葉を述べていた方が、「かつては300人くらいの参列者がいましたが、今では少なくなってしまった。今の若い人たちにもこの法要を続けていってほしい。」と訴えていました。

忘れないでいること。
次の世代に引き継いでいくこと。

毎年の広島で耳にする言葉です。

平和と美術と音楽と

旧日本銀行で開催されている「平和と美術と音楽と」に足を運びました。
「水の祈り」の世話人でもある中川圭子さんが毎年この企画を開催しています。

平和と美術と音楽と

今年は能楽士の大倉正之助さんが出演されており、楽屋にお邪魔して縁のある仲間が集まり楽しい時間を過ごしました。OPEN JAPANの仲間のとーるくん、がってんも古い知り合いだそうで、30年ぶりの再会に、当時の話ができて楽しそうでした。

平和と美術と音楽と

夕暮れ、カヌーを準備した場所に行き灯籠流しサポートのスタンバイをします。

今年は3人のカヌー乗りが集結しました。
3艇のカヌーで灯籠流しのお手伝いです。
火が消えてしまった灯籠に火を灯したり、流れずに溜まっている灯籠を流してあげたりと、静かに魂を送り出します。

広島とうろう流し

わたしたちはフィラデルフィア日本語補習校に通う甥っ子たちの灯籠を預かっていたので、直接流しました。

広島とうろう流し

今年はカヌーで知り合った方が旅立ったり、平和活動をしていた仲間が旅立ったりと、個人的にも思いを乗せた灯籠流しとなりました。この祈りが今も続く戦争や破壊行為をなくす流れへと繋がっていってほしいと思います。

毎年この灯籠流しに参加して思うのは、平和とは対岸を流れるものではなく、いまここにあるこの関係から築き上げていくものだということです。相手を変える前にまず自分を変えること。

広島とうろう流し

いつも被災地で顔を合わせる仲間も参加してくれました。
灯籠流しのために広島カープのユニフォームに着替えて気合いを入れていました。
暗くて見えないしライフジャケットを着用するからますます見えないのですが、広島の人に気持ちを寄せるその姿勢にぐっときました。

千葉県からきた中学生にインタビューを受けたり、見知らぬ人たちから「ありがとう」と声をかけていただいたり、戦後80年目の灯籠流しも感慨深いものがありました。 



関連サイト : 平和と美術と音楽と

水の祈り
水の祈り@広島
  2025年8月5日(火)

太田川のほとりで毎年夕暮れに開催している「水の祈り」。
気持ちのいい水を持ち寄ってひとつに合わせ、太田川に献水することを始めて今年で11年目となります。

水の祈り

自然発生的に人が集まるようになり、自然発生的に水も集まるようになりました。
はじめのころは少なかった水も、今では器に入りきらないほどたくさん集まるようになりました。この水をみんなで太田川へ献水します。

水の祈り

80年前、原子爆弾が落とされてたくさんの人が水を求めて亡くなりました。
川は水を求める人々で溢れかえり、その水をひとくち飲んで亡くなっていったと聞きました。広島では毎年8月6日に献水が行われていると伺い、わたしたちも水を捧げさせていただいています。
いつの日からかOPEN JAPAN有志も参加し、翌日の灯籠流しへと思いを繋げています。



関連サイト : 水の祈り

TSUKI ACADEMY
暦と暮らすこよみのクラス
  2025年8月4〜5日

「TSUKI ACADEMY」の生徒さん向けに、今年も暦のクラスを開講しました。
会場となるサロン「pocapoca」に集まった生徒さんと、オンラインで参加する生徒さんたちへ向けて、わたしたちが全国で開催している「暦と暮らすこよみのクラス」の授業を毎年行っています。
みなさんひとりひとりから感想と質問をいただき、とても充実したクラスとなりました。
主宰の藤岡ケンジさんはもう10数回話を聞いていますが、毎回新しく感じ取っていただけることがあるとのことで、わたしたちも毎年やりがいを感じています。

ブラウンタビー

広島へ向かう旅の道中、東大阪にある友人宅にお世話になりました。
コエダちゃんユンボくんご家族と楽しいひととき、お肉を食べないわたしたちのためにベジ餃子を作っていてくれました。

聞けばこれからオーストラリアの留学生をホームステイ受け入れするそうで、その留学生がベジタリアンだとのこと、ベジ料理はその練習になると言っていました。レパートリーとして、車フと高野豆腐のカツ、冷凍コンニャクの焼肉風、テンペ料理など、簡単で美味しいベジ料理をおすすめしてみました。

二人は「ブラウンタビー」という素敵なお店を営んでいます。
月のカレンダーも長く愛用してくれていて、お店でお取り扱いしてくれています。

東大阪に来たらまたひょっこりとお店に顔出したいと思います。



関連サイト : TSUKI ACADEMY  ・ ブラウンタビー

長浜の縄
長浜の縄
  2025年8月3日(日)

滋賀県長浜市、今年も「TSUKI ACADEMY」での暦のお話会のクラスを担当します。
明朝からの授業なので前日入りし、今年も三谷旅館にお世話になり今年もきくりんとかよちゃんのお店「長浜の縄」に食事に行きました。1年に一度の再会です。

長浜の縄

新しい出会いのサトルくん。お父さんはスケボーパークを経営しているそうで、いろいろ興味深いお話も聞かせてもらいました。



関連サイト : 長浜の縄

鈴木家
鈴木家法事
  2025年8月1〜3日

鈴木家のみんなが横浜に大集合しました。
福岡に住んでいる弟家族、アメリカに住んでいる妹家族、大人7人こども7人総勢14名、みんなで祖父、祖母、父の法事を執り行いました。
みんなでレストランに行き、みんなでROUND1というところに行きました。ROUND1 とはスポーツやゲームを楽しむ施設で、つい何も考えずにティーンの子たちが楽しんでいたローラースケートに初トライしてすっ転び、痛い目に会いました。よく考えればわかることでしたが、身体機能が異なることへの配慮が足りなかったと反省しています。

鈴木家

夜は実家でコストコパーティ。
アメリカにもあるというコストコ、妹夫妻のカードで入店させてもらいました。
大人数だからこそのコストコパーティです。めったにできない経験でした。 翌日みんなは朝からディズニーランドへ行くので、パーティは早々終了。
きっといい思い出になるでしょうね。


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