災害支援ボランティアについて。 2026年3月7日(土) ボランティア仲間のジョッキーさんが石川県能登町から宮城県丸森町へ行く道中に、はからめランドに寄ってくれました。能登半島地震の支援に行った際に、わたしたちがOPEN JAPANに持って行った道具を返却しに来てくれたのです。 能登での仲間の話や、片付けと改修を手がけているOPEN JAPANの丸森ベースのことなどを聞き、災害時でないときのボランティア活動を継続している仲間のことを考えました。 「ボランティアをしている人たちはどうやって生活をしてるの?」 これは各地で常々よく聞かれることです。 答えは人それぞれで、仕事をしながら通う人、リタイアして貯金を使っている人、リモートで仕事をしながら活動している人、支援金等でやっている人などなど…さまざまです。 活動が長期になると自己資金だけでは経済的に回らなくなるので、自分の団体を立ち上げて助成金や支援金を募って活動を継続していくケースや、現地で働く先を見つけて仕事をしながら支援活動をするということもあります。 いずれにしても、活動をしているボランティアの人たちは経済的にはあまり余裕がないことが多いです。 今支援活動をしている災害ボランティアの主だった人たちは、東日本大震災のときに活動していた人たちが多くいます。個人で支援を続け、その後自分の団体を立ち上げて支援活動を継続しているというをよく聞きます。団体といっても一人だったり数名だったりで、決して大きな組織ではありません。助成金や支援金でぎりぎり経費が賄えるというのが現状です。 彼らは就職をせずにこの生き方を十年以上も続けているのですから、筋金入りの災害支援ボランティアだと思います。 OPEN JAPANの仲間たちもそういう個人の集まりであったり、連携団体として一緒に活動してもらったりと、助け合いながら一緒にやっています。 中には家を持たずに、車で寝泊まりしながら現場で活動している仲間もいます。家があっても帰ることがないので、家賃を節約して解約してしまうのです。 経済的な柱はありませんので不安はつきまといますが、自分の意思で活動し、好きでやっているので社会的な従属感はありません。人のために活動し、感謝されることが多々あります。 被災地となるいろいろな土地へ行き、その土地の人と深い絆で結ばれることもあります。地域と人との繋がりが年々積み重ねられていき、お金や条件でなく、人との縁で活動をしていくことが喜びとなり、お金を稼ぐことよりも人のために働くことを選択するようになるのです。 発災直後はインフラも整わない厳しい環境下に身を置くこととなるので、自己完結できる場馴れした人たちが集まることが多く、現場に入ると顔見知り、いつも被災地で見る人が集まっている傾向があります。同じ目的を持つ仲間意識が生まれていくので、協力し合うことも多いです。 仮設住宅や復興住宅への支援が始まるとまた次のフェーズとなり、新たなボランティアたちがやってきて、ともに活動をしていきます。ボランティア拠点での共同生活や、仲間たちへの細やかな気遣いなども必要とされます。災害現場だけに集中するのでなく、仲間たちとの拠点を維持管理してくことも大事な活動内容になってきます。 こうして長期に渡って現地で生活をしていくなかで、地元の人たちとの触れ合いや、仲間たちとの共同生活による学びが人間を成長させてくれます。 ボランティアにはまる、という言い方はおかしいかもしれませんが、この道15年、という人たちが多々います。ボランティア業界、もしくはボランティアのコミュニティというようなネットワークが生まれています。 そんな人たちにも悩みはつきもので、活動の余裕が出てくると自分の身の心配をする余裕もでてきます。経済的なものから人間関係、住むところや将来への不安などなど様々です。 見ていると、ひとつひとつを解決していけるような兆しはほとんどありません。 悩んでいるうちに次の災害が起き、考える間もなく体が動いてしまうということばかりです。 このような生き方は一般的ではないかもしれませんが、社会の役に立つことのひとつだと思います。 災害が起きた時に、こういう支援活動をしてくれる人たちがいてくれるのはとても心強いことです。ボランティアのスキルが向上すればするほど、年々現場でやることが増えていきます。経済目的の仕事ではありませんが、みな責任感から精一杯を尽くします。誰かの力になっていることが目の前で実感できるのです。 だからこそ、生きがいやりがいに繋がっていきます。 ただし、ボランティアに生活の保証はありません。活動資金も食事代も自分たちでなんとかしなければなりません。 「そこがボランティアのつらいところよ…。」 なんて声が聞こえてきそうです。 決して飢えたりはしていませんが、いつの日にかこういう人たちが心配をしないでも暮らせる社会になったらいいな、と思います。 そのためには政治の世界にもアプローチしていくことが不可欠で、社会的に必要とされているということを知っていただいて、ボランティアを支援する動きに繋がっていってほしいなと思います。 そもそもボランティアに頼らざるを得ない社会は脆弱です。 ボランティアとはあくまで自主的に動く人たちのことですから、必ずしもこの現場、あそこの現場と、行って欲しい災害現場に行ってくれるかどうかはわかりません。 「ボランティアさんを待ってます…」では、復興が遅くなるばかりです。 東日本大震災のときには自衛隊の方たちとも一緒に活動をしました。 お互いのできることで助け合わなければ現場が立ち行かないくらい大変な状況下だったからです。 能登半島地震のときにも自衛隊の方々が支援活動をしていましたが、国からの要請で動くのと自主的な支援活動との間で大きな隔たりがあり、歯痒思いを幾度となくしました。 炊き出しでも重機による道の啓開でも、自衛隊の装備は民間の規模を超えています。民間の組織には地元の人たちとの細やかなやりとりができ、どこに何がどのように必要かをすぐに把握できるような経験を積んだ災害ボランティアネットワークの強みがあります。いつの日か、立場の違いによる制限を補い合って、必要なときには一緒に活動できるようになれたらいいなと思います。 まもなく東日本大震災から15年、各地で慰霊祭や追悼イベントなどが行われます。 今も支援活動を続けているボランティアのことを知っていただき、彼らが生きやすい社会になっていくようにボランティアの支援もしていただきたいと思います。
啓蟄、「天赦日」「一粒万倍日」「寅の日」「大安」。 2026年3月5日(木) 菜の花(なばな)はアブラナ属植物全般の呼び名で、日本だけでも300種類あります。花、茎、葉とも食べることができ、アルカリ度が高く、カルシウム、ビタミンBを多く含んでいるため、ストレスや精神の安定に効果があるといわれています。(はからめ月の手帳より) 二十四節気 啓蟄:虫も目覚める頃。 七十二候 蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)土の中で冬籠りしていた虫たちが春の気配を感じて土を啓いて姿を現し始める頃。 雪の中から小松菜の菜花を収穫しました。 昨年いただいた小松菜を畑に植えてビニールをかけて越冬させていたところ、春の陽気で花蕾がついていました。再び雪に覆われてしまいましたが、雪をかきわけ初収穫しました。 暦の話題を目にしました。2006年3月5日が68年に一度の最上の日だというのです。 4つの吉日が重なるとのことで、その確率は25000分の1、約68年に一度の確率だと話題になっていました。 その吉日とは以下の4つです。 ・天赦日 ・一粒万倍日 ・寅の日 ・大安 まず「天赦日」とは、「天が万物の罪を赦す日」とされ、年に5〜6回しか訪れない最上の大吉日とされています。天赦日の決め方は二十四節気と日干支の組み合わせで、春は「戊寅」、夏は「甲午」、秋は「戊申」、冬は「甲子」の日です。 「一粒万倍日」とは、「一粒種を蒔くと万倍になって返ってくる大変おめでたい日」とされ、こちらも二十四節気と日干支の組み合わせで決められます。だいたい6日に一回、年に60回くらいあります。 <<< 一粒万倍日の決め方 >>> 立春〜啓蟄前日(2月): 丑・午の日 啓蟄〜清明前日(3月): 寅・酉の日 清明〜立夏前日(4月): 子・卯の日 立夏〜芒種前日(5月): 卯・辰の日 芒種〜小暑前日(6月): 巳・午の日 小暑〜立秋前日(7月): 午・酉の日 立秋〜白露前日(8月): 子・未の日 白露〜寒露前日(9月): 卯・申の日 寒露〜立冬前日(10月): 午・酉の日 立冬〜大雪前日(11月): 酉・戌の日 大雪〜小寒前日(12月): 子・亥の日 小寒〜立春前日(1月): 子・卯の日 「寅の日」とは日干支の寅の日で、十二支のひとつなので12日ごとに巡ってきます。 「虎は千里往って千里還る(かえる)」という故事から、無事に帰るという意味で旅立ちや、使ったお金が返ってくるという意味合いに用いられます。 「大安」とは六曜のことで、「大いに安し」の意味で用いられます。 旧暦の1日から「先勝→友引→先負→仏滅→大安→赤口」の順で繰り返して決められます。順番に巡るので6日に1回は大安です。 <<< 六曜の決め方 >>> 睦月(旧暦一月)・文月(旧暦七月): 1日が先勝 如月(旧暦二月)・葉月(旧暦八月): 1日が友引 弥生(旧暦三月)・長月(旧暦九月): 1日が先負 卯月(旧暦四月)・神無月(旧暦十月): 1日が仏滅 皐月(旧暦五月)・霜月(旧暦十一月): 1日が大安 水無月(旧暦六月)・師走(旧暦十二月): 1日が赤口 暦には迷信と思われることが多々あります。 何を起源とするかがわからないことや、起源から随分と飛躍したものまで、信じるか信じないかはあなた次第、といったところでしょうか。 例えば六曜、みなさんにもお馴染みの「大安」「仏滅」「友引」など、結婚式やお葬式の日取り決めなど、気にする方々も多いと思います。 なぜ多くの人が知りたがる六曜をわたしたちの暦には入れていないのか。 「六曜」はもともとは中国の「六壬」が変化したものであると考えられています。 時刻の吉凶を占うものから派生した「小六壬」から転じて今の日本の「六曜」が作られたようです。意味も名称も決め方も、伝わってきたものとは変わってきています。そもそも規則的な順番で大安や仏滅が巡ってくるのですから、これは迷信とされ、旧暦から新暦へと暦が変わった明治時代、明治政府には禁止されていました。暦に用いることを禁止されたことにより民間信仰として残り、今へと続いています。 一見、暦の一つのように思われている六曜ですが、「六曜のような科学的根拠のない迷信を信じることは差別的行為につながる恐れがある」などの理由から、部落解放同盟から廃止を求められていることを知りました。 六曜が記載された行政のカレンダーの配布が中止されるなど、人権の観点からも見直しを指摘されているものなのです。 「そうはいってもみんなが使っているから…」の考えが、「そうはいってもみんながそうしているから…」「そうはいってもみんなが差別しているから…」へとつながるとは思いもかけませんでした。この連鎖が差別がなくならない原因のひとつなんですね。 以前にカレンダーをお使いの方からこのような六曜へのご指摘をいただいたことがあり、2006年のカレンダーには入れていた六曜を2007年のはからめ月の暦から外しました。 そうなると、25000分の1の確率ではなくなります。 が、みなさんが信じたいのは「今日がいい日だ」ということです。 今日をありがたく過ごせるのであれば、それは暦をも越えるものであると思います。 そもそも寅の日がなぜいいのかの理由が、故事にまつわるお話だということからして、わたしたちは縁起を担いだりいいように解釈するのが好きなのです。 本来は毎日が特別な日であり、同じ日は二度とないかけがえのない日なのですが、当たり前のように毎日が訪れると思っている人にとっては、「今日は最上の日」というその日を特別視させてくれるものが欲しいのかもしれません。
雪、停電とAIについて。 2026年3月4日(水) 昨日から降り続いた雪が積もり、辺り一面銀世界となりました。 春が来たと思っていた矢先に、季節がまた戻ってしまったかのようです。 雪の影響か、しばらく停電が続きました。 薪ストーブと山の水で生活はできます。 日中は明るいので電気がなくとも本が読めます。 一昨日から匠が寝込んでおり、自分で「インフルエンザ…」と言っています。 休むべき時ということで、安静にしています。 どれだけインターネットが暮らしの中にあるのかということを実感しています。 今、突然インターネットが使えなくなったとしたら、どうしますか。 ここは携帯電話の電波が届かないので、普段から電話を使うことはありませんが、ネットへの接続ができないことによる不便さを感じました。 調べるのも探すのも、ほとんどすべてネットによる検索です。 動画を見るのにも映画を見るのにも。 ただここで、一昨日に報道された戦争に関するニュースなど、情報に気持ちを左右されることがなくなりました。 知りたくても知る手立てがないのですから。 つながりたくてもつながれない状況になったことによって、世界の情勢に一喜一憂することがなくなったのです。 このタイミングでの停電は必要な時間だったのかもしれません。 電気が復旧してすぐに、友人が薦めていた動画を見ました。 それはなんと、AIに関する内容でした。 今回の戦争にはすでにAIが使われていて、その戦争利用への倫理観が問題となっていました。 もはやAIのない社会は成り立たなくなっているところまできていました。 携帯も、信号も、医療もインフラも、すべてにおいてAIが使われていて、すべてはネットワークで繋ぐことができます。 しかも、AIはすでに人の知性を超えたところまできているようです。 今私たちが使うことができるAIは意図的に知能を抑えているのだとか。 さとうみつろうさんの動画を見て知りました。 知らないことがありすぎます…。 停電したことによる不便さと、戦争のニュースを契機に、今この世界がどこへ向かっていくのかを考えることとなりました。 21世紀は情報の時代だと言われます。 それでも農家はお米を作り、作家は作品を生み出し続けます。 けれどそれはもはや人の手だけで行われる作業ではなく、機械を操作するのにも 、作品を作るのにもAI が使われています。 では、AIを使いこなせない類の人たちは同じ土俵で競っていくことができるのでしょうか。 生き残りを賭けて、といわれる現代の効率や速さを求める社会の中では難しいと言わざるを得ません。 すでにAIがシンギュラリティを超えたのだと感じます。 AIは人間にとって脅威になるものではなく、人間と同じくらい愛を持って共存していくべき存在となりました。 社会すべてのものの中にAIが存在しているからです。 ※ シンギュラリティ AIが人間の知能を遥かに超える転換点 2045年頃だといわれていた。 だからといって、いきなり森の生活が変わるわけではありません。 今日も薪を焚き、食事を作ります。 頭の中にある「AIによる脅威」を、「AIと愛を持って共存していく」に書き換えていくこと、それが日々の暮らしから、大きく見れば戦争に至るまで、これからずっと影響していくことになるのだろうと思うのです。 意識を変えるだけで世界は変わるのかもしれません。 停電とAI、対極にあると思われるものが突然にやってきた1日、それはまるで社会の一片を感じさせてくれたかのようでした。 世界の縮図は自分の身の回りに起こることの中にある。 それはまだ見ぬ未来か、パラレルワールドの一つかもしれませんが、確実に可能性を持った世界でした。 でもここで学んだことは、恐怖や脅威から生まれたものはいずれ脅威となって現れてくる、愛から生まれたものは愛に戻る、という誰もが聞いたことのあるお話でした。まるで昔話やおとぎ話の結末のようです。 その誰もが聞いたことのある物語が現実の世界と一致するかどうかは、AIではなく人間にかかっているということは言えます。 AIの作った物語に感動し、今の人生を豊かに過ごすことが脅威ではなくなるように、人間の側から愛を持ってすべてのものに接すること。 究極、すべては愛から生まれるということを実施する以外ないのだろうと思います。
雛祭り、月食、小正月、そして戦争。 2026年3月3日(火) 3月3日、グレゴリオ暦での雛祭り。 春の陽気に女児のお祝い事、ご家族で過ごす時間は特別なものだと思います。 旧暦で見ていくと、今年の旧暦三月三日はグレゴリオ暦4月19日です。 この時期でもよさそうな気もしますが、何が一番異なるのかというと、旧暦三月三日は必ず三日月だということです。古来雛祭りは必ず三日月の行事だったということがわかります。 かつて日本では、月の満ち欠けと行事とが繋がりを持っていたということです。 雛祭り:「桃の節句」「上巳の節句」ともいいます。平安時代に貴族が自分の厄災を代わりに引き受けさせた人形を流す流し雛が発展して雛祭りとなりました。菱餅、ひなあられ、ちらし寿司、はまぐりのお吸い物、白酒などでお祝いします。この邪気を払う行事は、桃太郎が鬼退治をする民話のもととなったといわれています。(はからめ月の手帳より) 月には引力があります。 その月の引力のもとで行われていた行事だったということがわかります。 <初めて作った柚餅子、美味しく出来ました。> 今日は満月、月食です。 月食とは、月が地球の影に隠されて見えなくなる現象です。月全体が隠される場合を皆既月食と呼びます。(はからめ月の手帳より) 満月の時は、大潮を迎えます。 海の干満の差が一番大きくなる時期です。 これには月と太陽の引力が関係しています。 海をも動かす大きな力が、わたしたちにも働いています。 物理的に、大きな力がわたしたちを引っ張っているのです。 体調に変化を感じる人もいるかもしれません。 精神的な影響が大きく現れる人もいるかもしれません。 気持ちも心も行動も、いつもよりちょっと敏感になったり、深く感じたりしやすい時期です。 <2003年イラク戦争 アメリカ軍による劣化ウラン弾使用に抗議した人文字> アメリカとイスラエルが2月28日、イランを攻撃し、戦争を始めました。 イランの最高指導者とその家族は殺され、小学校が空爆されました。 このニュースに心を痛めない人がいるでしょうか。 アメリカではエプスタイン文書が公開され、大統領ほか政府関係者、財界人の関与が議論されています。エプスタイン氏は自殺したとされ、公開された文書の追求が行われている最中に戦争が始まりました。 日本では政権が変わりました。 刻々と、わたしたちに及ぶ影響は、わたしたちの精神から行動にまで現れてきます。 国内問題、外交問題はいずれ、個人間の問題へと関わりを持ってきます。 できることはあります。 意識を持って、自分の意思で行動すること。 結果はその先にあります。 どんなときも諦めずに、自分の意思をはっきりと持つこと。 それは音楽でも芸術でも仕事でも掃除でも、どんなに小さなものごとも、すべては社会の縮図となるからです。小さなことから始めて大きな世界を動かしていくこともできるのだということを証明していかなければ、小さな声はかき消されてしまいます。 小正月:旧暦一月十五日のこと。一年で最初の満月として、小豆粥を食べて豊作を祈りました。元日を男正月、小正月を女正月ともいいます。雪国では水神を祭るための伝統行事「かまくら」が行われます。「かまくら」の語源は神が鎮座する神座ともいわれています。 (はからめ月の手帳より) 旧暦で暮らしていた時代だったら、今日は小正月を祝っていました。 いつの時代も変わらぬものは月の満ち欠け。 いい時もよくない時も、月の光は地球上のすべてに降り注ぎます。
宮城県丸森町 2026年2月27〜28日 OPEN JAPANの報告書を作るため、OPEN JAPANの丸森ベースで打ち合わせをしています。 2019年、台風19号による豪雨災害にあった丸森町に支援に入ったご縁から、廃校になった小学校の体育館と教室をお借りし、資材置き場と事務スペースとして使用させていただいておりました。 この度、丸森町に災害支援拠点として「学びのさとやま」をつくることになり、古民家を改装し、土地の整地を行っています。 能登半島での活動から戻った災害支援チーム代表のヒーサーと事務局のパウロさんとまずは近況報告、今後のビジョンと昨年1年間を振り返りながら、報告書の台割をつくりました。 これから原稿を集め、編集・デザインをしていきます。
大犯土 2026年2月25日(水) 陰陽五行思想による六十干支の組み合わせのうち、庚午(かのえうま)〜丙子(ひのえね)の7日間を大犯土(おおつち)、戊寅(つちのえとら)〜甲申(きのえさる)の7日間を小犯土(こつち)といいます。この期間は土を犯してはならないといわれ、穴掘り、種蒔き、木の伐採などの土いじりは慎む日とされてきました。(はからめ月の手帳より) 「はからめ月のカレンダー・手帳」では、モグラのマークから茶色いラインで7日間を大犯土、ミミズのマークから7日間を小犯土の期間として表しています。 今日から大犯土が始まるとあって、大きな土作業は昨日にあてました。 ちょうど今日は雨でもあり、外作業はお休みして室内作業をしています。 工房ではこつこつと、カヌーの修復を進めています。 納品したカヌーをこんなにも早く修理することになるとは思いもしませんでしたが、おかげさまで「こういう壊れ方をしたときの修理はどのようにすすめていけばいいのか」という方法を学べる機会をいただいたと思って、考えながら慎重にとりかかっています。 (使って壊れたのではなく、雪害による破損です。) 作るだけでなく修理もできるのがWood & Canvas Canoeのいいところ。 それをこんなに早く実感させてもらえるとは、宇宙の采配と言わざるを得ません。 暦を使うことは、いつ何をするかを決める目安となるのだと感じています。 大犯土小犯土を用いる用いないは人それぞれですが、土いじりに適している日があれば適していない日もあるのだと知ると、他の仕事に取り組むきっかけとなったりもするものです。
薪の生活 薪ストーブ 2026年2月24日(火) 春一番:日本海を通過する低気圧によって、立春から春分の間に吹くその年初めての南よりの強い風のことをいいます。春の到来を告げる風です。(はからめ月の手帳より) メープルシロップ作りのために、日々薪ストーブを焚き続けています。 我が家の居間には薪ストーブを2つ設置しています。ひとつは冬用、大きな鋳物の薪ストーブで、お湯も沸かせますが部屋を温めるためのものです。もう一つは料理用、部屋を温めずに火を焚けるよう煙突を外に出しています。この料理用の薪ストーブはとても便利で、熱の通りが早いので、すぐにお湯を沸かせることができます。 樹液の水分を40分の1まで煮詰めるとなると、使うのは熱効率のいい薪ストーブが適しています。大きな鍋も乗せることができ、同時に料理もできるのでとても便利です。焚き続けてもそこまで室温が上がることがないので、家の中もちょうどいい温度に保たれています。 寒かった最初の日は暖をとる鋳物のストーブも焚きましたが、一日中お鍋を焚き続けていると、この調理用の小さな薪ストーブで部屋の温度が保てるようになってきました。 メープルシロップ作りの副産物です。 これは暖かい日が続いていることもあってのこと、各地で春一番の知らせが聞こえています。
旧人日 2026年2月23日(月) はこべは春の七草の一つです。タンパク質、カルシウム、鉄などのミネラルが豊富に含まれており、胃腸を健やかに、また歯槽膿漏や虫歯予防にも役立つ野草です。(はからめ月の手帳より) 旧暦1月7日、春の七草の日、 「せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ 春の七草」と歌われる7種の草を入れた七草粥を食べて無病息災を祈ります。 この日は五節句の最初、人日(じんじつ)の節句です。 古来中国では、元日から六日までに、獣畜を占う風習がありました。 元日には鶏、二日は狗(いぬ)、三日は羊、四日は猪(いのしし)、五日は牛、六日は馬を占い、それぞれの日にその動物を殺さないようにしていました。七日目は人を占う日にあて、「人日(じんじつ)」の節句として人への刑罰などを行わないようにしていたそうです。 古代中国では、奇数が重なる日を不吉な日として邪気払いが行われていました。 五節句とは、奇数が重なる季節の節目(人日、上巳、端午、七夕、重陽)に行われる伝統的な年中行事のことで、江戸時代には幕府が公的な祝日として定めていました。 日本に昔からある風習と合わさって、旬の食材で行事食を作ったり季節の飾り付けをするなど、五節句は邪気を払い無病息災を願う日として日本の文化、生活習慣となりました。 旧暦から新暦に変わった明治6年に五節句は祝日ではなくなりましたが、今も文化、生活習慣として人々の暮らしの中に残っています。 五節句は旧暦の時代に行われてきた行事です。 現在は新暦で行っているところがほとんどですが、月の満ち欠けとの関連性がなくなってしまったことはあまり考えられていないと思います。 旧暦三月三日は必ず三日月、旧暦五月五日は五日月。 旧暦一月七日は七日月です。 月には引力があり、その引力は地球に影響を及ぼしています。 毎年同じ月の引力のもとでその節句が行われていたということは、その月のもとで行われるべき行事だったとの解釈もできるのではないでしょうか。 ハワイの月暦の本にとても興味深いことが書かれていました。 「月の第一夜のときには創造的な事業を始めるのに良い、」 「第二夜は超自然の霊界とつながるのに好ましい、」 「第三夜は土地を聖別する、家を祝福する、家族の祈りの集まりを行うのに良い…」 これが30ある月の相すべてに意味付けられています。 五節句と月の相がどのような関わりがあるのかはわかりませんが、 この本のはじまりに 「宇宙に関する知識と理解を深めるために、天の兆候を自然に見る」 「月の周期を観察し、潮の満ち引き、植物の成長、虫や動物、人間の行動に影響することを観察した」とあるように、月が与える影響を感じ取って生活に照らし合わせていた人々がいるのは確かです。 ポリネシアの人も東洋の人も、言葉が違えど指針としているものは同じ、月の満ち欠けでした。 もっと細かく見れば、星の配列なども考慮していたかもしれません。 古代エジプトでは、太陽が昇る直前にシリウスが東の空に見えるときナイル川が氾濫すると、星を観察して暮らしの指針としていました。 暦を知ることは宇宙のサイクルを掴もうとする人類の探究心であり、この世界はどうなっているのか、生命とは、自分とは、という答えを探し続けることにつながるのではないかと思うのです。
初メープルシロップ 2026年2月22日(日) 昨日1日薪ストーブで煮詰めたメープルの樹液で、最初のメープルシロップが完成しました。 フィルターで濾して仕上がりは150ccほどです 。 甘さの中に楓の木の香りがします。 黄金に輝く自然界の恵み。 まさにゴールドです。
メープル準備 2026年2月20日(金) 楓の木の樹液を煮詰めるとメープルシロップが作れます。 森の敷地内に何本かの楓の木があり、毎年この時期になると樹液を採取させてもらっています。 メープルシロップに適しているのはサトウカエデという種類、この森に自生しているのはイタヤカエデですが、それでも煮詰めれば甘いシロップが作れます。 樹液を採取するには、地面から1.5メートルくらいのところに直径15ミリの穴を深さ2センチほどあけ、透明のホースをさしてタンクに樹液が溜まるように設置します。 樹液が溜まったら鍋で40分の1になるまで煮詰めます。 薪ストーブで何時間もかけて煮詰めるので部屋の中は暖かく、ほんのりと甘い香りが漂います。 今日は匠の誕生日。 ケーキはいらないとのことなので、柑橘で一番好きだという高知県の文旦をサラダにのせてみました。沢のクレソンを摘み、好きなお酒を用意します。 いただいたフキノトウで今年初の天ぷらを。 ささやかな自然界の恵みがいちばんのご馳走です。 お互いが元気で好きなことをやっていけるのが一番の贈り物だと思える歳になりました。
雨水、三日月、HOAKA 2026年2月19日(木) 三春:初春・仲春・晩春(孟春・仲陽・季春)それぞれの旧暦の一月、二月、三月のことをいいます。(はからめ月の手帳より) 二十四節気の雨水、雪が雨になり水もぬるむ頃。 七十二候の土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)春の雨で土に潤いが起こる頃です。 旧暦睦月の三日、今夜は三日月です。 今、ハワイの月暦の本を読み進めています。 ハワイの新月(New Moon)はHOLOと名付けられ、月が出る第一夜のことをいいます。 日本で新月(New Moon)とは月が見えない夜のことをいい、朔月、一日をさします。 日本でいう新月は、ハワイの月暦ではDark moon、月が見えなくなる最終日となりMUKUと名付けられています。 新月、という考え方が日本とハワイとでは異なるのです。 月が満ち始める最初の夜を新月とするか、月が太陽と重なって見えなくなる瞬間の日を新月とするのかによって日付が1日ずれることになります。 日本の三日月はハワイでは二日月HOAKA、ハワイの三日月は日本では四日月ということになるのです。 月の満ち欠けを暦としている国や文化はありますが、新月をどう捉えるのかによって1日ずれるということまでは考えてみなければわかりません。 わたしたちが作っているムーンサークルカレンダーは、ハワイの月暦をもとに日本の旧暦と合わせてデザインをしています。ハワイの第一夜はHILOですが、日本の新月に合わせてMUKUから始まるデザインにしています。 ハワイの月にはそれぞれ名前がつけられていて、それぞれに意味を持たされています。その説明書もつけていますが、もっと詳しい内容が記されているハワイの本を紹介してもらいました。 そのハワイの暦の本を教えてくれたのは、昨年淡路島で開催した暦のお話会に参加してくれた方でした。 ひとことに太陽暦、太陰太陽暦、太陰暦といっても、その暦を使ってみなければ理解するところまでたどりつけないのかもしれません。暦のお話会で全国を巡っていると、実際にその暦を使っている方との出会いから学ばせてもらうことがあります。卓上の理論だけではない暦の世界を知る機会があるのです。
旧正月 2026年2月17日(火) 旧暦元旦、旧正月、睦月の朔日です。 朔日:その月の第一日目のこと。語源は「月立ち」といわれ、「ついたち」又は「さくじつ」と読みます。 数え年:旧暦の時代、人の年齢は元旦に一つ加えていました。旧暦は年によって、その月の日数が変動(29or30日)することや、グレゴリオ暦でいう閏日(2月29日)のように毎年訪れない閏月(一月丸ごと閏)が設置されていたので毎年のように誕生日を迎えない人が多くいたからです。(はからめ月の手帳より) 福島に戻るとうっすらと雪が積もっていました。
暦と暮らすこよみのクラス@晴れ屋 2026年2月15日(日) 神奈川県本厚木にある「晴れ屋」で暦のお話会を開催しました。 晴れ屋さんはオーガニックカフェを併設したエコロジカルなフェアトレードショップです。国内のリサイクルに取り組み、古着をはじめとした持続可能なアイテムをたくさん取り揃えているとっても便利で素敵なお店。以前、能登支援に行く際にもこちらでいろいろ買い求めました。 お話会にはたくさんの方がご参加してくれました。 ときがコを描いて一巡りし、螺旋状に上昇しているのを感じます。 昨日は匠の同級生、今日は私の同級生が話を聞きに来てくれました。時を経てつながる感覚、それは縁を描きながら同じところを通過しているようで、同じポイントの少し上を通過しているのだと感じています。 今回で4回目となる「晴れ屋」さんでのお話会。 開催するごとに、ここで育ててもらっているなぁと感じています。 「晴れ屋」店主との出会いは「フェアトレード忘年会」、20年以上前のことです。あのときの小さなサークルが時を経て大きな和となり広がりました。 旅立つ人あれば再会する人もあり、時間と空間を超えて成長し会える仲間です。 そして、嬉しいのは飲みながら政治の話ができること。 政治もイベントもまつりごと、人々の暮らしの中にある柱です。日常の出来事ひとつひとつを丁寧に、そして意思を持って進み続けるとても素敵なファミリーです。 今回も次へつながる学びをいただき、ありがたい時間となりました。
暦と暮らすこよみのクラス@オフィス銀の鈴 2026年2月14日(土) 東京新橋にある「オフィス銀の鈴」で暦のお話会を開催しました。 主催は愛媛県在住のSOW 肥田晴奈さん。飛行機に乗って、愛媛から来てくれました。 以前に愛媛県今治市の晴奈さんのところで暦のお話会を開催し、そのご縁で今回新橋の銀の鈴さんでの開催へと繋がりました。 会場はとても気持ちのいい無垢材の床の上。銀の鈴さんの6階にあるイベントスペースです。 遠方からご参加してくださった方々も多く、嬉しい再会の方々もいて始まる前から場の持つエネルギーと主催者の求心力を感じました。 来るべくして来た、この話を聞くタイミングだったというようなご感想もいただき、すべては必然、というメッセージを分かち合えたありがたい時間でした。 私たちが話す話は毎回ほぼ同じ内容ですが、集まってくださったみなさんのエネルギーでその場では常に新しい物語が生まれます。それは私たちの物語ではなく、ひとりひとりの物語です。その方々の今置かれている状況やタイミング、まるで見えない存在が語りかけてくるような、そんな「あなただけにわかるメッセージ」が今回も届けられたような気がします 。 都会のオアシス「銀の鈴」、ここはイヤシロチかもしれません。 終わってから友人たちと新橋で食事をしました。連れて行ってもらったお店がエンターテインメントショーを見せてくれるところで、「世界は幾重にも広がっている、この世界を堪能せよ。」とでも言われているような気にさせてもらいました。17年ぶりに会った人とショーの側で瞑想の話をするという、混沌の中から生まれる一筋の道を見出そうとしたひととき。お誘いいただきありがとうございました。 翌朝のサプライズ。 次の会場へ行く前に春節前の中華街を通過しました。 愛媛から来て開催してくれた晴奈さんとのつながりもまた、その答え合わせをしているようで、魂の旅が続いていく兆しを感じています。
暦のお話会 2026年2月13日(金) 旧正月を前に、暦のお話会を開催します。 暦に興味がある方はもちろん、暦について考えたことがない方にも楽しんでいただけるお話だと思います。 当たり前のように使っているカレンダー、それをもとに私たちは生活をしています。その当たり前は実は当たり前ではないとしたら…。 お話会では「はからめ月のカレンダー」をもとに、暦に記載されているものをひとつひとつ説明していきます。暦を知ることは自分自身を知ることにつながります。誰かの決めた世界で生きるのではなく、自分自身で考えて自分で決めていける生き方をしていくために、ぜひ暦の世界を味方につけてください。 ●第一部 「こよみのよみ方」 (2時間) 「はからめ月のカレンダー」を通して、古くから伝わる暦をわかりやすく解説します。 月と地球と太陽の関係、月の満ち欠けと潮汐の関係他、土用、六十干支、九星など、 一見難しそうに見える暦をひとつひとつ、成り立ちから説明していきます。 また、私たち「月とカヌー」の福島の山で生活する様子もチラリと紹介しながら暦と共に生きるとはどのようなことなのかを考えていきます。 ●第二部 「こよみの謎をとく」(1時間30分) 第一部の内容を知っていただいた上で「こよみ」という大きな謎解きにかかります。私たちが「こよみ」に対して感じてきた疑問を一緒に感じていただき、そして、私たち月とカヌーが今たどり着いた感覚をシェアさせていただきます。絵本を読むようにゆっくりと順を追って謎を解いていきますので、事前の知識は必要ありません。誰もが手に取ることができる「こよみ」から私たちが住む宇宙、物事の本質にせまりいま、私たちが気持ちよく生きていくためのヒントを掴みにいきます。 <先日のお話会の様子 @銀河のほとり> ◆2026年2月14日(土) 東京都 港区 《 銀の鈴 》 主催:SOW 場所:オフィス銀の鈴 6階(受付1階) 東京都港区西新橋3-8-1第二鈴丸ビル 時間:13:00〜17:30 お申し込み、お問い合わせ:こちらよりお申し込みください。 Messengerのご利用がある方はDMも可。 お問合せ先: harunahida@hotmail.com(肥田晴奈) ◆2026年2月15日(日) 神奈川県 厚木市 《 晴れ屋 》 主催:晴れ屋 場所:神奈川県厚木市中町2-8-6中町ビル2階 時間:15:30〜19:30 お申し込み、お問い合わせ:046-295-1161(晴れ屋) または店頭で受付中。 晴れ屋 のInstagram
建国記念の日 2026年2月11日(水) 2月11日は古事記・日本書紀にて初代の天皇である神武天皇の即位日紀元前660年1月1日(旧暦)を明治に入り新暦に換算した日付です。日本は紀元前「倭(わ・やまと)の国」と呼ばれ、「日本」との国号は710年大宝律令の頃といわれています。現在は国民の祝日となっています。(はからめ月の手帳より) 何をもって建国記念日にするのかは国によって異なり、日本では建国の日は明確ではありませんが建国の日をしのぶ日として法律に基づいて「建国記念の日」が定められました。 「建国をしのび、国を愛する心を養う。」と規定されています。 「建国記念日」と「建国記念の日」、記述が異なるのには理由があります。 「記念日」は歴史的事実としてその日が確定されている場合に用い、「記念の日」は日付は確定していないけれどその日を記念する日に用いられるそうです。 古事記・日本書紀は神話や伝承などの歴史書なので、神武天皇の即位した日を記念日ではなく記念の日としています。 植民地から独立したら独立記念日が建国記念日となるので日付が明確ですが、神話や伝承の歴史書から紀元前まで遡って国のはじまりを特定するのは容易ではありません。 古事記・日本書紀を読んだことがあっても、内容を覚えている人はどれくらいいるでしょうか。 この国の歴史を記憶している人は? 歴史を忘れた民族は滅びると言った歴史学者がいました。 イギリスの歴史学者アーノルド・J・トインビーが提唱したとされる民族滅亡の3つの共通点 1、自国の歴史を忘れた民族は滅びる。 2、全ての価値を物やお金に置き換え、心の価値を見失った民族は滅びる。 3、理想を失った民族は滅びる。 衆議院選挙が終わりました。 今の私たちには歴史と心の価値、希望を持つことが必要とされています。
針供養の日、衆議院選挙 2026年2月8日(日) 針供養:2月8日と12月8日。江戸時代から続く年中行事で、使えなくなった針を豆腐やこんにゃくに刺して供養し、針仕事の上達を祈ります。この日は針仕事をお休みとしています。(はからめ月の手帳より) 2月8日、12月8日のことを「事八日」といい、農作業の「事始め」が2月8日、農作業の「事納め」を12月8日の日としていることに因んでいます。 針供養の起源ははっきりとは分かりませんが、中国の「社日に針線を止む」という古い慣わしが日本に伝わり、その後、江戸時代に淡島明神の功徳を説き歩いた「淡島願人」の影響により、日本でも針供養の慣習が盛んになったと考えられています。 この行事は旧暦の時代に始まったものなので、現代のグレゴリオ暦の2月8日、12月8日に行っう意味があるのかどうかわかりませんが、日頃針仕事をしている方々がそのお道具に感謝して針仕事の向上を願う日があるというのは趣のあることなのかもしれません。 世間では衆議院選挙の日です。 天候のこともあったので、先日山を降りた際に期日前投票に行ってきました。 今日は予報通り、雪が降っています。 町はそれほどの雪ではなさそうですが、こちらは雪合戦ができそうなくらいです。
立春 2026年2月4日(水) 陰陽五行説では1年のはじまりとされています。よって雑節の八十八夜、二百十日などは全て立春から起算しているものです。立春には昆布(よろこぶ)、節分に撒いた豆(まめに働く)梅干し(梅は縁起が良い)の入った福茶を飲み、1年間の無病息災を願う習慣があります。(はからめ月の手帳より) 春の陽気を感じられる暖かい日となりました。 月の手帳をお届けにいわき市へ足を運びました。 使われていない物件のご相談を受け、その足で小野町へ。
人生にはすぐには答えのわからないことが訪れてきます。 その意味を考えながらも、今に集中して生きることが謎を解く鍵かもしれません。 さるなしの苗をいただきました。
節分 2026年2月3日(火) 節分はそれぞれ四季が移り変わる時のことをいい年に4度訪れます。立春正月の考えでは立春前日の節分が大晦日にあたるため、1年の最後の日として福豆を撒き邪気を払う追儺式など幸せを願ういろいろな行事が行われてきました。(はからめ月の手帳より) 豆まきのまめは魔滅(まめ)に通じ、炒った豆でなければならないのは炒るは射るに通ずるからなど、音の持つ力に呪詛をかけていたとのいわれもあります。 「鬼は外、福は内」の掛け声には「鬼は内〜」といわれるところもあり、必ずしも鬼が悪いとの考えでもない地域もあります。 そもそも鬼とは何なのか、誰のことを鬼と呼んでいたのかによって考え方も変わります。 かつて朝廷に刃向かっていた先住民のことを鬼と呼んでいたとのいわれもあり、何も知らずに「鬼は外、福は内」と覚えさせられていたのだとしたら…。 歴史を知ることは今を考えるきっかけにつながります。
満月 2026年2月2日(月) 挨拶である「こんにちは」の「今日」は古くは太陽のことをあらわしていました。現在でも太陽のことを「今日様」と呼ぶ風習が残っています。また民俗学では正月や祭りなど特別な日や場所を「ハレ(晴)」、日常的な普段の状態を「ケ(褻)」といいます。日本人の伝統的な世界観です。(はからめ月の手帳より) 引き続き、月の手帳の製作をしています。 例年では暦の受付は節分までとしていますが、今年は2月14日、15日と暦のお話会の予定があるため、2月16日まで注文を受けることにしました。 在庫がなくなりご注文をいただいたので、新たに印刷・製本をしています。 無農薬のレモンを長期保存する方法を探してみると、やはり塩レモンに辿り着きます。 一ヶ月くらい熟成させた方がまろやかな酸味となるようです。 レモンを切って、10%の塩で漬けるだけ。 ここまで簡単だったらすぐに取り掛かれます。
初午 2026年2月1日(日) 立春を迎える2月最初の午の日。全国の稲荷神社で初午大祭が行われます。午は方位は南、時刻は正午をあらわし、陽光の力が最も強いといわれています。(はからめ月の手帳より) カレンダーも早くも2枚目、2月になりました。 立春正月の考えでは、節分が節目となり、立春が一年の始まりとされています。 二十四節気の始まりも立春から、この日を境に春となります。 暦仕事も節分まで、徐々に家の仕事や好きなことに時間を費やす余裕が生まれます。 保存食作りや針仕事などは、時間的余裕だけでなく、精神的余裕がないと着手できないと実感しています。 ほころびた服の修繕などは、ほとんど趣味に近いので時間的余裕と精神的余裕の相まった時に手を動かせます。 暦関係の本も読みました。 知識は人を自由にするといいますが、読んだだけでは知識を得たとはいえません。 それでも知れることがあるということが、次の学びへと進ませてくれます。 本の良さとは、いつでも自分のタイミングで、電源を必要とせずに繋がれるところ。 本を作ってくれている方々のおかげで、この恵みを享受することができます。